EU離脱、与党・保守党の敗北など混迷を深めるイギリス。その変容と実態を長きにわたり見つめてきた一人の日本人女性がいます。

 ブレイディみかこさん。政治家でもジャーナリストでもなく、イギリスで働く保育士、ライターです。しかも、普通の職場ではなく、「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準」と言われた地区にある無料の託児所であり、「底辺託児所」とも称されるところでした。



 本書『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』では、著者のブレイディさんが保育士として、2008年から2010年に携わった「底辺託児所」でのボランティアをはじめ、政府の緊縮政策のあおりを受けた「底辺託児所」改め「緊縮託児所」で再び働くこととなった2015年から2016年の日々が語られます。イギリスが抱える貧困問題や政治情勢の考察も交えながら、保育の現場から格差と分断の情景を描き出します。



 中でも「底辺託児所」改め「緊縮託児所」となった最近の託児所の現状として語られる、移民と英国人の下層民の関係は、イギリスの今を映し出します。



 かつては英国人がマジョリティだった託児所も、現在は外国からの移民がほとんど。そんな中、久しぶりに"典型的"といえる、ドラッグ依存症のシングルマザーとスキンヘッドにタトゥーが入った男性カップルを保護者にもつ英国人の子どもが入ってくると、移民たちは露骨に嫌悪を示したといいます。



 「英国人とあまり触れあったことのない移民は、センセーショナルにタブロイド紙に書かれている下層民による犯罪や乱れきった日常生活など、ステレオタイプをそのまま鵜呑みにして必要以上にネガティブな反応を示すことがある。」(本書より)



 例えば、ほとんどの託児所の子どもが通っている地元の公立小学校に、移民たちは「外国人の子どもはいじめられる」「貧民街の学校はレイシズムが激しい」などとささやき合い通わせたがらず、しつけが厳しいキリスト系の公立校にこぞって入れたがるというのです。



 しかしながら、ブレイディさんはこの状況を「シュール」と一蹴したうえで、「ここはもともと、彼女たちが忌み嫌っているタイプの英国人が利用していた場所」だと語ります。移民と下層の英国人たちが生身でふれあい会話できることから、彼らのステレオタイプを払拭できる場として機能していたわけです。



 新天地で「子どももできるだけいい学校に入れたい」と願う移民の母たち。向上心がある彼女たちにとって、何倍も恵まれた環境に生きているのに人生を無駄にしているように見える底辺層の英国人は到底理解できないのです。当然、触れ合う機会が減っているので、「『わからないもの』は『モンスター』」に見えてしまうようです。



 本書によれば、この"下層の英国人がマイノリティ"という現状は、イギリスの都市部にも言えることで、英国労働党のジェレミー・コービン氏は、ロンドンが「労働階級の人々の姿が見えない街になった」として、「ソーシャル・クレンジング」という言葉で警告しているといいます。ブレイディさんは、こう嘆きます。



 「『ソーシャル・レイシズム』だの『ソーシャル・クレンジング』だの、以前は民族や人種による差別を表現するために使用されていた言葉が、階級差別を表現するために使われるようになってきた。(中略)背景には英国がいかに底辺層を侮蔑し、非人道的に扱っているか、そしてそれが許容されているかという現状がある。それはまた格差を広げ、階級間の流動性のない閉塞された社会をつくりだした新自由主義のなれの果ての姿とも言えるだろう。」(本書より)



 8月24日(木)には本屋B&Bで、ブレイディさんの近著『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』にからんだトークイベントも行われます。「政治とは議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ」というブレイディさん。本書『子どもたちの階級闘争』に綴られた、"英国の地べた"を見てきた在英20余年の日本人保育士ライターの問いかけから、声なき声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。



■本屋B&B

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