一昔前、地方出身者にとっては方言やなまりは恥ずかしいものであり、「きれいな標準語を話したい」と努力したものでした。ところが最近は、若い人を中心に地方独特の言葉や言い回しを魅力的なものとしてとらえる風潮が生まれていて、「かわいい方言ランキング」の特集を組む女性誌があるほどです。



 東京女子大学教授の篠崎晃一氏による本書『東京のきつねが大阪でたぬきにばける―誤解されやすい方言小辞典』は、方言の中でも標準語と同じ語形なのに、地方によって違う意味を持つ言葉を集めたものです。「面白い言い方をする人だな」と思っていたら、その人は方言と認識せずに喋っていたという経験はありませんか?



 例えば、「つむ」という言葉。三重・和歌山などでは、「この道、車つんでるねぇ」など「混む」の意味でも使われます。これは共通語の「目のつんだ編み物」のように「密ですき間がなくなる」「つまる」ことを意味する言葉が、方言の中で人や車が詰まった状態へと用法を広げたからとか。一方、こんな風に使う地方もあります。「中国・四国・九州地方などでは、『髪を切る』の意味でも使われる。(中略)また、『爪をつむ』という表現もよく使われ、この言い方も方言と気づかれていないことから、『爪切り』のことを『爪つみ』といい、『爪つみで爪をつむ』のような表現も聞かれる。江戸時代の中ごろに使用例が見られる古い用法の名残である。」(本書より)という具合です。



 他にも、本弁の「もだえる」は「急ぐ」の意味を持ち、青森・秋田・岩手などで「ながめる」と言えば、「足を伸ばしてくつろぐ」になり、徳島で「せこい」は「つらい」「苦しい」状況を表現するとか。同じ言葉でも方言としての使い方だと、どことなくほっこりするニュアンスがあります。



 最後に、本書のタイトルになっている「きつね」と「たぬき」について。東京の蕎麦屋では「きつね」にも「たぬき」にも「そば」か「うどん」かのチョイスがあります。でも大阪では違うのです。



 「東京では、うどんであれ蕎麦であれ、『揚げ玉(天かす)』がのっていれば『たぬき』と呼ぶ。ところが大阪で『たぬき』を注文すると、甘辛く煮た油揚げをのせた蕎麦が運ばれてくる。(中略)もともとうどんが標準的な大阪の食文化のなかでは、甘辛く煮た油揚げをのせた『うどん』が『きつね』として食されてきたのである。そこに標準から外れた蕎麦をつかったことで、『たぬきに化けた』ととらえられたわけだ」と著者は分析しています。つまり、東京では「きつね」と「たぬき」は、具の違いをいい、大阪では具は油揚げと決まっていて、蕎麦なら「たぬき」、うどんなら「きつね」と呼びます。東京の「きつねそば」を大阪で食べたいなら、「たぬき」と注文しなくてはいけないのです。



 地域独特の表現が生きていて、知っている言葉に違う意味があるなんて、方言って奥深くて楽しいですね。この本を読めば、初対面の人の出身地を当てられるかも知れません。気軽なコミュニケーションのきっかけにもなりそうです。