BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは小川糸著『ツバキ文具店』です。



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 メールやSNSの普及によって手紙を書く機会が減っている今、直筆の必然性が次第に薄れてきています。本書では直筆の重要さを問いかけるかのように、本人が表現したくてもできない感情を依頼人になりきって手紙を代筆する「代書屋」の姿が描かれています。



 舞台は、鎌倉の小高い山のふもとにあり、入口に大きな藪椿の木が生える「ツバキ文具店」。主人公の雨宮鳩子は、先代の亡き祖母からその店と代書屋を受け継いだ20代後半の女性で、鶴岡八幡宮と関係が深い"鳩"にちなんだその名から、物心ついたころには「ポッポちゃん」と呼ばれ親しまれていました。



 雨宮家は江戸時代から続く由緒正しき代書屋。古くは右筆(ゆうひつ)と呼ばれた職業で、お殿様に代わって代筆をしていたとされ、鎌倉幕府も右筆を抱えていたといいます。江戸時代には大奥にも女性の右筆がつきはじめ、その一人が雨宮家の初代だったとされ、代々女性が受け継ぎポッポちゃんで11代目という設定です。



 現代では、祝儀袋の名前や就職活動の履歴書、社訓や為書き、ラブレターなど依頼の幅は広く、代書屋はいわば「文字に関するよろず屋」となっていました。どんな依頼でも、人格を自らに憑依させたかのように、内容に合わせた文章や字体、使用する筆記用具などを考慮して本人に成りきる"スゴ技"で応えます。当然、ポッポちゃんのもとには、様々な事情や思いを抱えた人々がやってきます。



 例えば、国際線の客室乗務員をしているカレンさん。女優と見間違えるほどの気品漂う美人なのに、気分が悪くなるほど字が下手な「汚文字(おもじ)」に苦しんでいました。まるで"病気"のような汚文字のせいで、過去に恋人に振られ、夢だった教師も諦めており、なるべく字を書かないように避けて生きてきました。



 そんな彼女が涙ながらに代筆を懇願した事情とは何だったのか、ポッポちゃんは、この難しい課題にどう本人になりきりったかも見どころですが、「字は体を表す」の逆を行く彼女に出会い、"先代との確執"に向き合い始めるのもまた注目すべき点です。



 かつて、ポッポちゃんは、代書屋を"インチキ"だと非難した過去がありました。遊びたい盛りの学生時代なのに、亡き先代から受ける厳しい指導もあってか、2人の関係はギクシャクしていたのです。その最中、先代にこう言われたことがありました。



 「インチキと思うなら、インチキで結構だよ。だけどね、手紙を書きたくても書けない人がいるんだよ。代書屋っていうのは、昔から影武者みたいなもので、決して陽の目を見ない。だけど、幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ」(本書より)



 本書は、ポッポちゃんが文字を通して、問題を抱えた人々を救済する物語であると同時に、先代との確執の呪縛から解放されていくという彼女自身の救済を描いた作品でもあるといえそうです。彼女が綴った字も挿絵として見られ、より一層、感情移入して作品の世界観に引き込まれること必至です。