「苦しいのになぜ登るのか」 病と闘いながらそれでも登り続けた"元祖"山ガールの思い 〈BOOKSTAND〉|AERA dot. (アエラドット)

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「苦しいのになぜ登るのか」 病と闘いながらそれでも登り続けた"元祖"山ガールの思い

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BOOKSTAND

それでもわたしは山に登る

田部井淳子著

978-4167905996

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 今年10月20日に、腹膜がんのため77歳で死去した登山家・田部井淳子さん。女性で初めて世界最高峰エベレストへの登頂を果たしたのちは、講演会も多数こなし、著書も多数執筆。今年4月に文庫化された『それでもわたしは山に登る』では、自身のがんの闘病についても率直に語るなど、1人の女性として等身大の想いが綴られています。



 私生活では一男一女の母であった田部井さんですが、女性の社会進出が進んでいなかった1970年代当時を振り返り、「子どもを置いてエベレストに行くなんて、正気の沙汰じゃないね」(本書より)と言われ、傷ついたこともあったと述べています。



 1995年出版の『山の頂の向こうに』(佼成出版社刊)では、当時としては遅めの32歳で長女を出産し、その後2回の流産を経て38歳で長男を妊娠した際には切迫流産で7か月間入院したことにも触れていますが、さらに「登山家・田部井淳子」を母に持つ子どもたちのつらさにも言及。 



 マスコミから毎回のように「お母さんがいない間、さびしくなかった?」とマイクをつきつけられていた長女が、すっかり引っ込み思案に育ってしまったことや、長男の反抗期が激しく、学校から呼び出されることもたびたびあり、「私が山に行って家を留守にしたことはまちがいだったのだろうか」(『山の頂の向こうに』より)と、心底悩んだ日々もあったことも打ち明けています。



 そうした時期を乗り越え、アウトドア関係の仕事に就いている長男・進也さんは現在、自身が経営する「クライミングジム&ヨガスタジオPLAY」で、「田部井淳子 思い出の展示会~77年の軌跡~」を開催。"世界最高峰の山を女性で初めて登ったのが、日本人で福島のおばちゃんだということを伝えたい"と、田部井さんがエベレスト登頂時に使用した装備や写真パネルなどを公開中です。



 抗がん剤を打ちながらも山に登り続け、"生涯現役"を貫いた田部井さんの山への情熱や、家族への思いを知るよすがとして、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?



【イベント情報】

「田部井淳子 思い出の展示会~77年の軌跡~」

会期:2016年12月29日(木)まで(水曜休館)

開催時間:平日:10:00〜21:00

土日祝:10:00〜20:00

入場料:無料


(記事提供:BOOK STAND)

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