『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』鵜澤 佳史 金曜日
『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』鵜澤 佳史 金曜日

 3月17日、行方不明となっていた日本人ジャーナリストの安田純平さんが、シリアの武装組織「ヌスラ戦線」に拘束されていたことが判明しました。これまで、外国人人質を殺害した過去のない勢力とはいえ、安田さんの今後が心配されます。

 ヌスラ戦線は、イスラム国、そしてアサド政権と敵対し、敵を同じくする自由シリア軍とは協力関係にあるとされています。この自由シリア軍に、ある日本人が所属していたのをご存知でしょうか。

 鵜沢佳史さん。1988年生まれ、現在27歳の元自衛官の男性です。鵜沢さんは子どものころ、いじめを受けたことがきっかけで、漠然と「戦場に行きたい」という気持ちを持つようになったといいます。自著『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』のなかで、鵜沢さんは当時の思いをこう振り返ります。

「『戦場』という『生と死がせめぎ合う場所』に自分の身を投じることで、今の八方ふさがりの自分を変えられると思ったのだ」(本書より)

 その"夢"を叶えるべく、中学卒業後は陸上自衛隊少年工科学校(高卒資格が取得できる自衛隊の部隊)に入隊。卒業と同時に自衛隊を辞した後は、東京農業大学に進学し、農産物を販売する会社を起業しました。しかし、戦場へ行きたいという思いは募り続け、2013年にシリアへと旅立ちます。

 鵜沢さんは最初、自由シリア軍に入隊の意思を告げ、そこでイスラム教に改宗。そして「ムハンマド軍」という武装組織に配属されます。彼が意外に感じたのは、反政府組織の人々の「温かさ」だったとか。ムハンマド軍入りした直後に、司令官から「危険だから一人で動くな。皆と一緒に動いていれば、お前を守ることができる」という旨の言葉をかけられたときの心境を、次のように振り返っています。

「ムハンマド軍は戦士を捨て駒のように粗末に扱うのかと思っていたが、誤解だった。(中略)正直、驚いた。これがイスラムの同胞意識なのだろう。外部の人間に対しては排他的なイメージが強いが、同じイスラム教徒に対してはとても温かい」(本書より)

 その後、鵜沢さんは実際に戦場へ出ることになりますが、戦闘中の負傷がきっかけで日本への帰国を余儀なくされてしまいます。帰国後は、家族はもちろん、周囲の人々から叱りの言葉を受け、ネット上では見ず知らずの人から批判されたそうです。

 たしかに、鵜沢さんの行動は「若気の至り」で済まされるものではないでしょう。ただ、戦場へ行きたいと思い立つ若者の心境、"ホンモノ"の戦場、そして平和とは何かを考えるには、抑えておいて損はない一冊ともいえるのではないでしょうか。