BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2016」最終候補作、全10作の紹介。今回、取り上げるのは東山彰良著『流(りゅう)』です。



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 今年1月16日に行われた中華民国総統選の結果、民進党の蔡英文氏が当選し、台湾初の女性総統が誕生することになりました。大陸との接近を図る馬英九現総統を激しく批判し、表向きは穏健派ながらも独立志向が強いとされる蔡氏ですが、5月の就任後、中台関係、そして東アジア情勢がどのように推移していくか、世界が注目しています。



 東山彰良さんの小説『流』はそんな台湾が舞台で、さらに「2つの中国」がテーマとなっています。



 1975年、台北――。蒋介石・初代台湾総統の死去とほぼ同じくして、主人公・葉秋生の祖父・尊麟が何者かに殺されます。当初は放蕩な青春を送る秋生ですが、やがて大学受験に失敗し、軍隊へ。そして、彼の成長とともに舞台は東京、大陸中国へと移り変わり、祖父の過去や死の真相に迫ります。



 1970年代の台湾の風景が事細かに描かれているのが、本書の特徴ですが、一方で次に挙げるような同時代のカルチャーについて触れられているのも、面白いところです。



「吻合唱団(バンド・KISSの中国語表記)のTシャツを着た横柄な店員は、わたしが最後の選曲をするあいだ、いらいらしながら待っていた。(中略)わたしがついに老鷲合唱団(同じくイーグルスの中国語表記)の《Desperado》にしますと告げると、眉を持ち上げ、大きくうなずき、丁寧な字でリストのいちばん下に曲名を書き入れてくれた」



「スピードメーターに目を走らせると六十五キロ出ている。こんな山道でこのスピードは自殺行為だ。クラッシュして宙を舞うF1カーが眼間に揺れた。この年の八月にはF1レーサーの尼基労達(ニキ・ラウダの中国語表記)が事故って全身焼けただれてしまうのだが、このときはまだ五月で、わたしもニキ・ラウダも行く手に待ち受ける暗雲のことなど露知らなかった」



 こうした当時の台湾の細かな情景描写を可能にしたのは、作者である東山彰良さんの実体験によるところが大きいといえます。というのも、東山さんは1968年、台北生まれ(5歳まで台北で育ち、その後、日本に移住)。また、東山さんの祖父も国共内戦(後に台湾政府をつくる国民党と、大陸政府をつくる共産党による戦争)を潜り抜け、台湾へと移った人物です。



 

 過去も現在もさまざまな点で日本と結びつきのある台湾。直木賞を受賞した本作は、そこに住む人々の心情を垣間見ることもできる一冊といえそうです。