年2回、文壇のみならず、広く世間を賑やかす「芥川賞」。第153回目を迎える今回、候補となったのは6作品。この中から、来たる7月16日に受賞作が決定します。



 芥川賞を選ぶに際しては、候補作のなかからどの作品を受賞作品とするのか、選考委員のなかでも意見がわかれるところであり、芥川賞選考会の開かれる、明治創業の築地にある老舗料亭「新喜楽」1階広間には、緊張感が張りつめるといいます。



 読売新聞社記者としての取材経験から、その現場をよく知る鵜飼哲夫さんは、自著『芥川賞の謎を解く』で、当日の様子を次のように綴っています。



「私たち記者は、料亭二階に設営された記者控室で、毎回二時間前後、事前に候補者や関係者に取材したメモをひっくり返し、有力候補と目した作品が受賞した場合の原稿や会見での質問事項を頭の中で整理しながら待つ。下の階の密室談義の様子はさっぱりわからない。いつもより選考が長引き、締め切り時間が刻一刻と近づくと、『これはもめている。上位二作が競り合いダブル受賞か? いや、共倒れで<該当作なし>か? もしかしたら予想外の作品が浮上したのでは......』等々、思案は尽きない。外の空気を吸いに下に降り、さりげなく選考会場の人の出入りをチェックし、気配をつかもとすることもある」



 芥川賞制定の経緯、そして1935年の第1回から、いかなる歴史を歩んできたのか、その受賞作はもちろんのこと、同書では、芥川賞の特徴である「作家による選考会と、選評を発表する」というシステムに注目。芥川賞を選考してきた、歴代の選考委員たちに焦点をあて、その選評を読み解いていくことにより芥川賞に迫っていきます。



 第1回目から選考委員を務めた川端康成は、若手の才能発掘に積極的であり、芥川賞選考時においても安部公房や大江健三郎らの前衛的作品を迷わず評価。一方でまた、鋭く厳しい選評をも残し、芥川賞自体についても、あくまで入り口に過ぎないのだと警鐘を鳴らして次のような言葉を投げかけたといいます。



「新人にとって、芥川賞もいろんな意味でもちろんよいが、ほんの入口の門と自らいましめるべきである。門のなかは広く深い。この門を目標とするなら、新人は弱い足をなお弱めてしまうものだ。(中略)今後も候補作者よ芥川賞を、なにかえらい目標とかんちがいして、決して目低くに疲れることなかれ」



 同書にて鵜飼さんは、「顰蹙を買うことをおそれぬ選ばれる側の作家たちと選ぶ側の作家たちの自由闊達で新しい表現が、芥川賞を、文学を、おもしろいものにしてきた」と締めくくります。



 選考委員同士の意見の衝突の数々。芥川賞と共に歩んできた、その選評の歴史。受賞作品と同時に、今回の選考委員――小川洋子さん、奥泉光さん、川上弘美さん、島田雅彦さん、高樹のぶ子さん、堀江敏幸さん、宮本輝さん、村上龍さん、山田詠美さん――各氏の選評にも注目してみてはいかがでしょうか。