ボタンを押すとマリリン・モンロー人形のスカートがめくれあがったり、マーメイド人形が妖艶に歌い出したり......かつては温泉地につきものだった"おとなの遊艶地"、"性の博物館"こと秘宝館。団体バス旅行ブームを背景に、1970~80年代に開館が相次ぎ、北海道から九州まで、一時期は日本全国で20館も存在しました。



 そんな秘宝館ですが、来場者の激減や施設の老朽化が進み、姿を消しつつあります。



 今年に入り「鬼怒川秘宝殿」(栃木県日光市)閉館のニュースが伝えられると、閉館を惜しむ声も上がりました。1981年に開館し、33年の歴史を持つ同館ですが、2014年12月31日17時にて営業終了となることが伝えられています(鬼怒川秘宝殿公式ツィッターより)。



 秘宝館という響きに興味はあっても、実際に足を運んだことがある人は少ないのではないでしょうか。そんな秘宝館ビギナーにおススメしたいのが、本書『秘宝館という文化装置』。著者は、社会学が専門で、『女性同士の争いはなぜ起こるのか――主婦論争の誕生と終焉』(青土社)の著作もある妙木忍(みょうき・しのぶ)さん。妙木さんは、等身大人形の展示空間に人々が来場する「複製身体の観光化」という視点から、秘宝館の衰退を考察しています。



 本書によれば、秘宝館の発達には、東京創研という会社が一役買っています。数多くの秘宝館の企画・設計を手掛けた東京創研は、東宝美術部出身者が設立した会社で、ユーモアとストーリー性ある展示で、多くのファンを獲得していきました。



 日本には古来、子孫繁栄を願って男性のシンボルを信仰する「金精様(こんせいさま)」のような「性信仰」が存在したことをご存知の方も多いかもしれません。ですが、これらの信仰と秘宝館との結びつきは、ごくごく最近の現象。秘宝館を受け入れやすくするため、制作側ではこれら民間信仰を積極的に展示に取り入れ、次第に融合していったのだとか。



 また、本書に紹介された事実の中でも特に興味深いのが、東京創研の川島和人さんの「永年にわたり映像に賭けた男のロマンを、秘宝館という舞台設定に置き換えた時点から、私は日本のウォルト・ディズニーを目指した」との言葉です。かつて、映画プロデューサーだったウォルト・ディズニーは、映画製作の専門技術を、遊園地づくりに応用しました。そのディズニーを目指して、映像・舞台制作のプロが、アミューズメント性がある展示空間を生み出したのが、性に特化したテーマパーク、つまり秘宝館だったのです。



「失われつつある日本の風景」である秘宝館。いったいなぜこの時代に秘宝館が誕生したのか? 昭和の人々が秘宝館に求めたものは何だったのか? 秘宝館の文化的な意味について考察した一冊、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。