「緊急事態に対処できるようにするための法整備」として憲法の解釈変更を決めた安倍政権。国防戦略の観点から国益のことを最大限考慮した選択と見ることもできますが、そこには思わぬ落とし穴があると、思想家の内田樹さんは自著『街場の戦争論』の中で指摘しています。



「ここで原則的なことをあらためて確認しておきたいのですが、緊急事態に対処できるような法整備というものは実は存在しません。というのは、ほんとうの意味の緊急事態というのは、それに対するマニュアルさえ存在しない想定外の事態のことだからです。(中略)緊急事態に対処するためには緊急事態に対処できる人間を育てることしか手立てがない」(同書より)



 内田さんは、安倍政権の本当の目的について、「行政府が国会の議を得ずに独裁を行うための法的基礎づけ」であるといいます。



 日本政府では、内閣総理大臣が「特に必要があると認めた」ときにいつでも緊急事態を宣言することができます。そして、宣言が行われた場合、内閣は法律と同一の効力を持つ政令を制定することが出来るようになるのです。



 このこと自体は世界中ほとんどの国で行われており、非常に筋目の通った話です。



「しかし、歴史が教えるのは、ほとんどすべての独裁政治は『緊急避難的措置としての行政府への権限集中』から始まっているということです」(同書より)



 つまり、非常事態を通じての内閣への権力を集中させた場合、そこから内閣で独裁がまかり通るような政令を定め、緊急事態宣言の解除を遅らせることによって、気づいた頃には独裁国家が出来上がっている、という筋書きがありえるというのです。



 ただ、あくまで内田さんは、こうした「安倍政権の本当の目的」として語ったことを「未来予測」としています。内田さん曰く、自分が具体的な未来予測を行うと、言い当てられる側の為政者は「そうじゃないこと」をするようになり、結果的に予測したことは起きないといいます。つまり内田さんが予測した安倍政権の「暴走」は「妄想」に終わるのです。もちろん、そうなると内田さんの知的威信は失墜していきますが、結果的に国政が良い方に進んでいくのであれば構わないと内田さんは言います。



「僕個人の知的威信の下落と、日本の国益増大のトレードですから、僕の側に文句のあろうはずがない。僕は人も知る愛国者ですから、知的威信なんか(もともとたいしてないし)叩き売っても、日本が『ひどいこと』にならないなら、それで大満足です」(同書より)



 内田さんの安倍政権の今後の行方を仔細に予測した『街場の戦争論』。様々な視点で今後の日本を捉えるいい機会を与えてくれる一冊です。