受賞会見に、ジャージ姿でやってきた作家。作品を読んだことのない人にとっては、その印象が濃くなってしまったかもしれません。『昭和の犬』で、第150回直木三十五賞を受賞した姫野カオルコ氏です。



この物語のヒロイン・柏木イクは、昭和33年、滋賀県生まれ。赤ん坊のころから他人の家を転々とし生きてきましたが、5歳になったとき、シベリア帰りで英語教師の父と養護施設に勤める母と暮らすように。父は理不尽なことで突然怒りはじめ、母は娘が犬に足を噛まれケガをしたときに笑うような人。イクは実の親におびえたり、不気味な印象を抱きつつ、犬やとも生活をともにします。



読者ははじめ、トイレもないような新居で、どんな不吉なことが起こるのか、好奇心をもって物語を見つめることでしょう。けれど、その期待は裏切られます。複雑な家庭環境でありながら、イクは淡々と両親を見つめ、彼らとの折り合いをつけ、犬や猫とささやかで楽しい時間を過ごすのです。時折挟み込まれるユーモアのある表現で、小さな幸せをさらりと描く。これが筆者の持ち味と言えるのかもしれません。こうやって、いい意味で裏切られた読者は、その後イクが大学に進学するために上京し、東京と故郷を行き来し、親の介護をするようになるまでの約45年間を追うことになります。



筆者は小説を書く人間は「ダメ人間」だと言い、今回の受賞会見でも「本を書いたり読んだりしないで済むならそのほうが幸せな人だと思っています」と語りました。それならば、姫野氏が本作を書かずにいられなかった理由は、いったい何だったのでしょうか? 



最新の週間ベストセラーランキング(1月29日・日販調べ)では、初登場4位に。文芸書に限って言えば、もう一つの直木賞受賞作『恋歌』(朝井まかて著)、芥川賞受賞作『穴』(小山田浩子著)を押さえ、1位になっています。



いつの時代も人間のかたわらにいる犬猫たち。私たちの心をなごます役割を担っているところは、本作と共通する特徴と言えるでしょう。