(写真:WEB本の雑誌)
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 後編では佐渡島さんの作家エージェント会社「コルク」と契約する人気漫画家・安野モヨコさんの最新作を中心にお話をお伺いしました。



「安野さんはこれまで数々のすばらしい作品を世に送り出してきたんですが、実は彼女は5年以上本格的な執筆活動をお休みしていたんでいたんです。日本の漫画の歴史の中でこれほどまでに長い休載に入った後に、しっかり作家として復活した人ってなかなかいないんですが、僕は安野さんが休載している間に一生懸命復活しようとがんばっている姿を見ていました。それで『早く復帰してほしい』『早く世に出るのを僕が手伝いたい』とずっと思い続けていたんです」



 そんな安野モヨコさんが今回満を持してペンを執ったのが雑誌『FEEL YOUNG 12月号』で新しく連載を始めた『鼻下長紳士回顧録』。同作の誕生秘話を、佐渡島さんはこう語ります。



「『鼻下長紳士回顧録』とは、鼻の下が長い紳士、つまり娼館に鼻の下を長くしてやってきた変態たちの物語です。安野さんが長く休載していたこともあって、はじめは『ただただ笑える、みんなが「なんでこんなの描いたの!?」と驚いてしまうような作品をつくりましょう』といって作り始めたのがこの作品でした。その名残りが1ページ目の『驚かないで聞いてほしいんだが...実は...僕はものすごく.........その変態なんだ』という、あっ気にとられるようなフレーズに表れています」



ページをめくった瞬間「なんだ、この男!?」と笑えるような変態が登場する第1話ですが、佐渡島さんはこの1話目が「とてもレベルの高い作品だと思う」と語ります。



「この作品、一見変態を描き続けた風変りな漫画という印象を受けるかもしれないのですが、実はこのあととても深いセリフがどんどん登場するんです。例えば1話目にもこんなフレーズが登場します。主人公は娼館で働いている娼婦なんですが、彼女はこんな考えで生きているんです。『この世の大抵のことはそういうプレイだって思えばしのげる その後ろに時々ぽっかり浮かんでくる穴みたいな不安など枕でふたして寝ちゃえばいい』。読者の中には彼女のように現実を『プレイだ』と思い込んで、目の前の世界に向き合わずに逃げている人ってたくさんいると思います。このシーンは、そういう風に生きている人のザワザワした気持ちや心の中にある不安を刺激して『自分はどうやって生きればいいんだろう?』と考えさせます。たった1話の中にもこんな『すばらしい』と思えるセリフがたくさん散りばめられていて、『これぞ安野モヨコ、復活!』っていう気がしますね」



講談社時代に大ヒット作『さくらん』をサブで担当してからの付き合いという佐渡島さんと安野さん。長年「安野モヨコ」という作家と作品に向き合い続けてきた佐渡島さんにその魅力をお聞きしました。



「例えば男性や女性でもすごく格好良い人がいると、そのたたずまいを見ているだけで『この人は何を考えているんだろう』と知りたくなりますよね。安野さんはそれと同じ雰囲気を漫画の登場人物に持たせることができる、それがとても魅力的なんです。更に安野さんが作るストーリーはもちろん、安野さんの美意識のあり方や、普段ご自身が考えていることもすごく面白い。僕はそんな『安野モヨコ』という人物のすばらしさをあますことなく世間に伝えられるような仕事がしたいと思って、コルクで一生サポートしたいと思ったんです」



 講談社を退社した後、2012年に自身で作家のエージェント会社「コルク」を設立した佐渡島さん。会社を立ち上げた背景には、現在の出版界における編集者のあり方を変えたいという思いがありました。



「今までの日本の出版界の仕組みでは、編集者は作家さんのことがどんなに好きでもあくまで雑誌側の人間であり、『雑誌の事情でこういうもの描いてほしい』と作家に希望を出して、作家を"枠"の中に入れていました。でも本来なら作家がその時期にいちばん書(描)いてみたいと思うものを、作家が書(描)きたいページ数と長さで執筆してもらい、完成した作品がその時代に最も広く読まれる形を編集者が探してくる、というのが理想的な作家と編集者の関係だと僕は思うんです。そうして作家を"枠"の中に閉じ込めずに自由に作品を生み出してもらいたいという思いから、コルクという会社は生まれました。僕はこの会社で作家が物語に込めたメッセージを世界中の人に提供する、そのお手伝いができればと思っています」





<プロフィール>

佐渡島庸平

さどしま・ようへい/1979年生まれ。2002年に講談社に入社。週刊モーニング編集部にて『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などを担当する。2012年に同社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。