今年5月に、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、乳がん予防のためにがんの兆候がみられない両乳房を切除。その再建手術を受けたことを公表し、世界中に衝撃を与えました。アンジーのこの告白には、その勇気を讃えるコメントが多く寄せられ、特にアメリカでは遺伝子検査の問い合わせが増えたと言われています。



実母を約10年間にも及ぶがんとの闘病生活のうえ、56歳の若さで亡くしているアンジー。遺伝子検査で、乳がんになるリスクの高い遺伝子の変異を発見し、今回の処置に踏みきったといいます。手術の甲斐もあり、乳がんに発病する確率が、87%から5%にまで低下したと報じられました。



アンジーの決断を称える論調が多い中、この医療行為は「大間違いだった」と持論を展開するのが、新潟大学名誉教授で"予防医療学"と"医療統計学"を研究している岡田正彦医師です。(書籍『医者とクスリの選び方』より)



"予防医療学"は、血圧が上がりやすい人を高血圧から、がんを発症しやすい人をがんから予防するなど、「病気になることを予防するため」の医療。また、"医療統計学"とは、大規模な人数で長期間にわたって調査した医療データを分析する学問のこと。この2つの観点から、岡田医師はアンジーの乳房切除手術の"根拠のなさ"を説明します。



最大の問題は、実は"乳がんの発生原因が乳房にあるかどうか"が、未だに解明されていないこと。他の臓器や周辺の組織に乳がんのもとになる最初のがん細胞が発生する可能性もあるのです。そのため、両方の乳房の組織を取ったからといって完全にリスクがなくなるというわけではなく、これを"予防"と考えるのはナンセンスであるというのです。



アンジーの手術の効果を証明する手段は、1つだけ。

1.彼女と同じ遺伝子異常の人を何百人かを集め、2つに分ける

2.一方は乳房を取り、もう一方は何の手術もせずに長期間追跡調査をする

3.どちらが健康で、長生きだったかを比べる。



数年間にも及ぶデータの積み重ねによって、医学的に実証する方法しかありません。しかし、岡田医師によれば、今回の"切除手術"は定量的なデータによって有効性が十分に証明できていない

もの。



「今後、乳がんのリスクのある人は乳房を、胃がんのリスクがある人は胃を取るべきだ。そんなふうに医療が進んでいったとしたら、過剰な手術によって健康を害してしまう人はより増えていくでしょう」



と警鐘を鳴らします。



本著では他にも、"予防医療学"と"医療統計学"の観点から、「長生きしたのは、健康診断を受けていないグループ」、「身長170cmの人が、一番長生きできる体重は75kg」など一般的な予想を覆す意外な報告がなされています。欧米と比べ、日本ではまだ関心が低いとされているこれら学問について、一度見識を広げてみるのもいいかもしれません。