著者は20年間以上アメリカで生活をしているが、これほど緊迫した雰囲気を味わったことはない。2001年の同時多発テロ、2008年のリーマン・ショックの際にもアメリカで生活していたが、目に見えない、そしていつどこで感染するか分からないウイルスに対する恐怖心はこれまでに経験したことのないものである。

 これはニューヨークに暮らす多くの人々に共通する心情だと思われる。アメリカではよほどの重病でなければマスクをつける習慣はなく、往来でマスク着用の歩行者を見ることはほとんどなかった。しかし現在では、数は少ないが外で見かける人の半分近くがマスクや使い捨てのゴム手袋を着けているといった印象である。異常な光景であり、人々が抱く危機感がいかに甚大であるかの証でもある。事実、数週間前まで、マスクを着けた者(そのほとんどがアジア系の人たちであったが)は周りからジロジロと見られたり、嫌がらせを受けたりしていた。

ニューヨーク市にある巨大ターミナル・グランドセントラル駅。通常一日70万人以上が利用する駅だが帰宅ラッシュ時間にも関わらず利用者は数えるほどしかいない(撮影・新垣謙太郎)
ニューヨーク市にある巨大ターミナル・グランドセントラル駅。通常一日70万人以上が利用する駅だが帰宅ラッシュ時間にも関わらず利用者は数えるほどしかいない(撮影・新垣謙太郎)

 NY州知事のサイトを見ると、命令内容は以下の様に記されている。

1)ニューヨーク州における必要不可欠な職業以外の職場は現場で勤務する人員を100%削減する(訳注:必要不可欠な職業とは、食料品店、医療機関、ガソリンスタンド、郵便局、公共交通機関、警察、報道機関など)

2)必要不可欠でない集会(パーティーやお祝いなど)はいかなる人数、理由であろうとキャンセル・延期をする

3)屋外において人が集まる場合には必要不可欠なサービスを提供する場合、もしくは他人と一定の距離を取る場合に限る

4)公の場では他人と少なくとも距離を6フィート(約180センチ)取り、「ソーシャル・ディスタンシング(social distancing・社会的な距離を取る行為)」を守らなければならない

5)運動のために外出する際には他人には触らない、もしくは他人と触れ合うような活動はしない

 この他に「絶対に必要のある場合以外は公共交通機関を利用しない」、「具合が悪い際には医師に確認して病院に行く必要がある以外自宅から出ない」など全部で10の項目があるが、徹底的に他人との接触を避ける目的がある。

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