■ハンドサイクル


少ない空気抵抗が生むスピード、一体感生む選手の姿勢に注目
[左]米国製のハンドサイクルで疾走する土田和歌子(c)Satoshi TAKASAKI/JTU [右]メカニックの塩野谷聡 (撮影/倉田貴志)
[左]米国製のハンドサイクルで疾走する土田和歌子(c)Satoshi TAKASAKI/JTU [右]メカニックの塩野谷聡 (撮影/倉田貴志)

 アスリートが安心して道具を使うことができるのは、しっかりと管理し、メンテナンスをしてくれるスタッフがいるからだ。

 パラトライアスロンで車いすの選手が出場する座位クラス(PTWC)では、ハンドサイクルと呼ばれる手でこぐ自転車を使う。現在、このクラスで東京パラリンピック出場を狙うのは、男子の木村潤平と、女子の土田和歌子だ。その二人のハンドサイクルのメンテナンスやレース時の組み立て、調整、修理などを行うのがメカニック、塩野谷聡(40)である。

「普通の自転車に比べて地面に近くて空気抵抗が少ないので、けっこうスピードが出るんです。海外の男子のトップ選手だと時速50キロを超えますね」

 塩野谷がハンドサイクルの魅力を教えてくれた。

「乗った印象は目線が低い。そして、ハンドサイクルのハンドルは戻ろうとする力が大きいので、小回りが利かないんです。低くて、長いので、車両の感覚がわかりにくい。なかなかコントロールが難しい」

 そう、ハンドサイクルを目の前にして驚くのがそのサイズ。けっこう大きいのだ。しかし、木村・土田どちらの車体もカーボン製なので、片手でひょいと持ち上げられるほどだという。

 塩野谷がハンドサイクルに出会ったのは木村が出場した15年のリオパラリンピックのテストイベント。リオの空港のロストバゲージで到着が遅れた木村の機材をホテルの部屋で組み立てたのが最初だった。

 そして18年、リオパラリンピックまで、夏・冬合わせて7回出場し、日本人初の夏・冬の金メダリストとなったパラリンピック界のレジェンド、土田和歌子が陸上からトライアスロンに転向。現在、塩野谷はメカニックとして全面的に土田の競技用機材の整備を任せられている。

 ハンドサイクルにおいて最も重要なのは、ポジション、つまりより速く走れる姿勢を取ることができるかどうか、だという。

 スピードの出やすいハンドサイクルは、腕だけでなくしっかり体幹を使ってコントロールする必要がある。そのために体とハンドサイクルを一体化させるよい姿勢は大事な要素だ。木村と土田はそれぞれ、いい姿勢が取れるように、ハンドサイクルを改良しているとのこと。

「土田選手の場合は、所属の八千代工業でカーボン製のフットレストを作ってもらっているところです。木村選手も広島の義肢装具士に空気抵抗も考慮したフットレストを作ってもらったようです。ハンドサイクル自体は二人とも何年も乗っているものですが、新しいフットレストを付けて、さらなる記録の向上を狙っています。東京パラのトライアスロン会場はお台場ですが、無料で観戦できるエリアがたくさんあります。ぜひじかに見てもらいたい。あっという間に目の前を行ってしまって、びっくりすると思いますよ」

 操縦の難しいハンドサイクルと選手が一体となったときに生まれるスピード感を、目撃してほしい。(文中敬称略)

(ライター・川村章子)

週刊朝日  2020年2月28日号