■映画監督 三上康雄さん(61)

 今年5月に全国公開された「武蔵‐むさし‐」は、三上康雄監督が6年の歳月をかけ、剣豪・新免武蔵の生き方に肉薄した本格時代劇だ。佐々木小次郎との巌流島の戦いなども見ものだが、むしろ剣に生きる覚悟を決めた武蔵の内面の葛藤が主眼になっている。

映画「武蔵─むさし─」は武蔵の内面の葛藤が描かれる (c)2019三上康雄事務所
映画「武蔵─むさし─」は武蔵の内面の葛藤が描かれる (c)2019三上康雄事務所

「多くの人の武蔵のイメージは吉川英治の小説『宮本武蔵』が基になっていると思う。でも宮本と名乗っていた資料はないんです」と、徹底的に武蔵を研究したことを打ち明ける。

 8年前までは創業100年の門扉メーカーを率いる経営者だった。ミカミ工業の3代目として大阪に生まれた三上監督は、子どものころ、よく父親に映画館に連れていかれた影響もあって、映画好きになる。

「自分が見たい映画に連れていくので、子ども向けやないんです。『荒鷲の要塞』(1968年、ブライアン・G・ハットン監督)とか、普通、連れていきますか。小学校5年生のとき、担任の先生が8ミリカメラで撮ったものを見せてくれて、手軽に撮れんねや、と思って、貯金していたお金で8ミリカメラを買い、周りの映画好きと一緒にまねごとで作るようになりました」

 大学では年に1本のペースで8ミリ映画を制作。24歳のときには初めて16ミリで時代劇「蠢動」(82年)を撮るが、このまま映画界に進むか、実家の家業を継ぐかで悩みに悩む。出した答えは家業だった。

映画「武蔵─むさし─」は武蔵の内面の葛藤が描かれる (c)2019三上康雄事務所/三上康雄さん(撮影・藤井克郎)
映画「武蔵─むさし─」は武蔵の内面の葛藤が描かれる (c)2019三上康雄事務所/三上康雄さん(撮影・藤井克郎)

「自分が継ぐポジションにあるなら、それは天命やと思った。で後々、また映画を撮ることになったとしたら、それも天命や、と」

 人を動かすのは真剣な気持ちしかない、と経営に没頭。門扉やフェンスのデザインを自ら開発し、カタログを作るなど、クリエーティブな部分でも能力を発揮した。

 だが創業100年を超えたころから、後継者不在を理由に会社のM&Aを考え、2011年に譲渡。何ができるかと考えたら、映画を作ることしかなかった。

 かつて16ミリで撮った「蠢動(しゅんどう)」をベースにした「蠢動‐しゅんどう‐」(13年)に続いて挑んだのが「武蔵‐むさし‐」だった。「『蠢動‐しゅんどう‐』にも僕の血は入っているが、『武蔵‐むさし‐』は毛細血管の一本一本までが僕やと思っています」と力を込める。

 劇場は全国約80館を数え、反響も次々と寄せられている。来年春にはブルーレイの発売に合わせて公式書「『武蔵‐むさし‐』のすべて」を出版する予定だ。

「映画は心に触れて考えてもらうもの」と語る三上監督は、会社を継がずにそのまま映画界に入っていたら、「武蔵‐むさし‐」は作れなかっただろうと明言する。

「社長業で人をどれだけ見てきたか。経験値が違います」

週刊朝日  2019年11月29日号