ある日、銭湯に「寒い、寒い」と言って入っていったら、「いい若いもんが寒がってんじゃねえよ」と声がする。何だ、このおやじ、と思ったら、地元の組の親分だった、などということもあった。

「そういうのは銭湯に行かないと体験できない。本当はいつまでも人間観察をしてなきゃいけないんだろうけど、だんだん行動範囲が狭まっていくんですよね」

 そんな毎日を送りながらも、役者になりたいという思いは相変わらずぼんやりと持ち続けていた。30歳を前に、いよいよどうにかしないと、となり、目に留まったのがテレビのバラエティー番組だった。

“恩人”水谷龍二さん原作・脚本の映画「星屑の町」も控える (c)2020「星屑の町」フィルムパートナーズ
“恩人”水谷龍二さん原作・脚本の映画「星屑の町」も控える (c)2020「星屑の町」フィルムパートナーズ

 芸を磨く練習を積んだわけではなかった。だが和田アキ子やザ・デストロイヤーらを人気者にした「金曜10時!うわさのチャンネル!!」(日本テレビ系)のオーディションでは最終審査まで残り、芸人の登竜門だった「お笑いスター誕生!!」(同)では8週勝ち抜きの金賞を獲得。

「テレビなら素人も出られるってんで、しがみつくしかなかった。あくまで目標は役者なんだけど、とにかく見られる側に行かないと、という思いでしたね」

 このときに出会った人物に、劇作家で演出家の水谷龍二さんがいる。当時は構成作家として「うわさのチャンネル!!」に携わっており、オーディションでは一人だけでんでんさんに合格の丸印をつけていた。

「後にその話を聞いたんだけど、本当にありがたいことです。恩人ですよ。それから水谷さんが脚本を書いたテレビドラマにちょこっと出させてもらうようになった」

 やがて演劇に、映画に、と活躍の場が広がり、映画は根岸吉太郎監督、原田眞人監督、黒沢清監督と、日本を代表する名匠から依頼が来るようになる。こうして「冷たい熱帯魚」の、人のよさそうなおやじが実は連続殺人鬼、という役での評価につながるが、その前に転機となったテレビドラマがある。2007年のドラマ「京都地検の女」(テレビ朝日系)の最終話でゲスト主役を務め、初めてスポットライトを浴びた。

「照明もカメラも全部、スーッと自分のほうに寄るんだよね。それまでは隣の人に来ていたのに。これは力がみなぎるってもんです」

 来年には70歳を迎えるが、作品出演の依頼は引きも切らない。今年も映画は「向こうの家」(西川達郎監督)、「ブルーアワーにぶっ飛ばす」(箱田優子監督)といった若手監督の意欲作やネットフリックス配信のオリジナル作品「愛なき森で叫べ」(園子温監督)などに出演。12月15日からは本多劇場(東京都世田谷区)を皮切りに全国を巡回する舞台「神の子」(赤堀雅秋作・演出)も控える。

 さらに来年春には映画「星屑(ほしくず)の町」(杉山泰一監督)も公開される。この作品は、水谷さんの作・演出で1994年から公演している人気舞台シリーズを映画化したものだ。「いろんな出会いがあって今がある。ついているんでしょうね」と感謝の言葉を口にする。

 渥美清さんに憧れて役者を夢見た男が、今や後進に憧れられる存在になった。

「いやいや、でもそういう方が一人でもいたら、こんなありがたいことはない。人に影響を与えるなんておこがましいけど、これからもそういうものを目指していきたいものです」とほほ笑んだ。

次のページ