横尾忠則
横尾忠則

 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、「創作」について。

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「今さらですが、いつも原稿を書くのが早いのですが、一気に書き上げるのですか、またいつ書くのですか」

 おかしな質問ですが、僕はイラチ(せっかち)な性格なので、何でもすぐやらないと気分が収まらないんです。ワーワー催促されるのが嫌なんですよね。生きるとか、創作は思想のような堅苦しい理屈ではなく、どちらかというと生理的というか気分先行です。

 絵もアーティストというより僕はアスリートに近いと思っています。考える余地を与えないで、サッとやるのが性分に合っています。脳派というより肉体派です。脳を頭だけではなく全身に巡らすので、肉体の脳化と命名しています。考える余地を与えると、どうしても遅くなって、アーでもない、コーでもないと決定に迷いますが、考えを肉体に宿すと、その時の気分というか、直感が決定してくれて、先ず迷うことがないので、進行が早いのです。

 ご質問のいつ書くか? は、いつとも決めていません。その時々の気分です。書く態勢は常にできています。まるで物書きのようないい方ですが、いつ、どこででも書けます。この原稿は成城の駅前のレストランで、料理を注文している間に原稿用紙に書いています。パソコンのような近代兵器は使えない根っからのアナログ人間です。アトリエには仕事机がないので、お店のテーブルかカウンターが仕事机になったり、アトリエのソファで足を伸ばした状態で原稿用紙を立てかけて書いています。

 森鴎外は仕事机ではなく、家のどこでも、旅先でも、執筆に決まった場所がなかったと言っています。ルネ・マグリットという画家もアトリエがなかったので、家の中ならどこでも描けたそうです。谷内六郎さんの家に行くと台所で描いていました。僕の絵は大きいので、イーゼルにキャンバスを立てて描くことは滅多になく、壁にキャンバスを立てかけて、立ったりしゃがんだりの屈伸運動を繰り返しながら描きます。

 絵を描く行為は常に自由でなければなりません。絵の主題も、様式も、肉体もアスリートのように瞬発力が必要です。いちいち考えていると身体が自由に動きません。文章を書く場合だけは身体を固定して書きます。文章は思考なので、僕は文字として早く原稿用紙に定着させるために、話すスピードにはかないませんが、なるべく話すように早く書きます。作家じゃないので、特に文体を意識したり考慮しながら書くというようなことはないです。

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横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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