春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「行列」。

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 私は淡泊でせっかちな人間で、大行列に並んでまで何か買おうとか食べようとか、そんな気持ちになることがない。

 私が「並んでもいいかな」と思える最後尾までの人数……せいぜい3人くらい。4番目ならギリOK。ただし回転の良い、ただ黙々と食べて帰るような店に限る。時間にして10分が限度。5人以上の列を待ってまで食べて「待ったかいがあった!」と感心するくらい美味いものなどそうそう無い……と思っている。いや、あるんだろうけどね。

 午前中のレギュラーのラジオ終わりで通っているカレースタンドがある。カウンターだけの店で定員は10人くらい。生放送が11時半に終わり、11時40分にはそのカレースタンドの前に着く。いつもだいたい3~4人くらい並んでいる。ギリOK。正午前にそれだけ並んでりゃ人気店だろう。そしてやはり美味しい。店の人も手慣れたもので並んでる時点で注文を聞くので、テンポよくカレーが運ばれてきて回転がいい。

 去年の暮れ。ラジオの作家さんからその店がビルの取り壊しにより閉店すると聞いた。一大事! 11時40分に店の前に駆けつけるといつも以上の大行列。閉店を名残惜しむ客が詰めかけているのだ。数えてみると15人。えー!? 普段の私なら絶対に並ばない人数だ。少し戸惑ったものの、足が自ずと動き最後尾についた。私の体がここのカレーを欲してるということか。ここは本能に任せる。

 回転がいいので、5分に1人は退出し入れ替わるが流石に15人は時間がかかる。30分かかってあと7人。いいペース。注文はすでに決まっている。「インドカレーのキャベツ多めの生卵」。ここはカレーにキャベツが添えてあり、酸っぱいドレッシングとカレーが混ざったこのキャベツの千切りが美味いのだ。行列は1人減り、2人減り。思えばここのカレーは大人になってから一番食べたカレー。その味がもう食べられないのか……。腹が鳴る。別れを惜しむかのように。いよいよ3番目まで来たとき、目の前のサラリーマンの会話が耳に入った。「……来年の10月らしいね、ビルの取り壊し……」

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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