〝赤ひげ先生〟こと小鹿山博之さん
〝赤ひげ先生〟こと小鹿山博之さん

 東日本大震災からまもなく12年。爆発事故を起こした東京電力福島第一原発から南へ約20キロの福島県広野町で奮闘する医師がいる。小鹿山博之さん(66)。別名「広野の赤ひげ先生」だ。

【写真】馬場医院で開院前から診察を行う「広野の赤ひげ先生」の様子はこちら

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 1月末の朝。午前8時前にJR常磐線・広野駅東口そばの馬場医院を訪れると、開院前にもかかわらず、すでに診察が始まっていた。

「お加減はいかがですか?」

「痛いところは?」

 水色のワイシャツにネイビーブルーのベスト。聴診器を首から下げ、白いマスクで口元を覆った小鹿山博之さんがお年寄りに尋ねている。白衣を着ないのは、患者をリラックスさせるためだ。

 東向きの明るい廊下には5~6人が座り、診察を待っている。

 次に診察室に入ってきたのは70代の女性。この日は定期検診を受けに来たと言い、まずは血圧を測った。

「少し高いですね。よく眠れていますか?」

 丁寧な優しい口調。女性が小さい声で返事をすると、身を乗り出すように耳を傾ける。

 次は駐車場で待機中の患者に、携帯電話で問診だ。小鹿山さんが言う。

「今は新型コロナとインフルエンザの患者が混在しているので、発熱や倦怠感で来院された場合、車から出ないで駐車場で待っていただきリモート診察しているのです」

 駐車場で看護師が抗原検査やPCR検査を行い、必要に応じて薬を処方する。パソコンで事務処理を行うや、すぐに次の患者を呼び入れた。廊下で待機中の受診者は途切れることがない。

「今日は7時20分くらいに足にけがをした方から電話があり、すぐに来てもらったので7時40分から診察を始めています。ご自宅近くで救急外来を受け付けている総合病院に問い合わせたところ、症状が軽かったせいか『馬場医院へ』と言われたそうです。まあウチでは、よくある話です」

 診察は平日が午前8時~正午、午後2~6時で、土曜は午前のみ。日祝日は休みだが、これは表向き。「急患があれば開院時間などあってないようなもの」(小鹿山さん)。しかも閉院後はほぼ毎日、町内はもちろん、隣接する楢葉町やいわき市の在宅患者の元へ往診している。髭こそないが「広野の赤ひげ先生」と呼ばれるゆえんだ。

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