春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「抱負」。

【画像】「今週のお題」のイラストはこちら

*  *  *

「今年の『抱負』は?」なんて聞かれると「現状維持」と答えるようにしている。今のところ仕事もプライベートもマァそこそこ。このままで十分……だけど、そうも言ってられなくなってきた。

 12月中席、私は上野鈴本演芸場の昼のトリをとっていた。多くも少なくもなく、ゲラでもなく、鉄面皮でもない……ほど良いお客さんの集まった昼下がりの寄席。12月12日。その日の夜は何も予定がなかった。忙しい暮れに奇跡である。16時終演。16時40分にマッサージの予約を入れた。癒やされてご機嫌に帰宅しよう。「60……いや、90分でお願いします!!」。だって今日はもう何もないんだから。「豊かさ」とはこういうことだ。

 90分の施術。長風呂したようなグッタリ加減と眠気と心地よさ。電車に乗り、自宅最寄り駅からほど近いコンビニでビールを購入。もう今日は何もないのだからいいだろう。レジの脇でファミチキ(仮)と目が合う。迷わず購入。家で食べると「晩ごはんの前にそんなモノ食べて!」と家内に叱られる。わんぱくに歩きながらファミチキ(仮)を頬張る中学33年生。

 帰宅。家内より先だった。「おかえりー」と子供たち。「今日は鍋にするかー?」「おー」。リビングに座るとさっき買ったビールと目が合う。飲んじゃったね、350ミリ。これから何にもないし。「風呂入ってからにすればよかったかなー」なんて独りごちながら、部屋着に着替えてると階下から「電話鳴ってるよー!」と娘の声。「ハイハイ」とご機嫌でスマホを手に取ると「広瀬和生」とある。ヘビメタ専門誌「BURRN!」編集長で落語評論家の広瀬和生氏。飲み会の誘いかな? 今日は無理だよ、広瀬さん。俺は家族で鍋を囲むのさ、なぜなら今日はもう何もないから!

「もしもし」「今どこですか?」「家ですけど……」「ルルティモ寄席!」。毎年暮れに恵比寿ガーデンプレイスで開催している広瀬さんプロデュースの落語会だ。「ハイハイ、今年もよろしくお願いします。来週でしたっけ?」「キョウっっっ!!!」「え? だって今家にいますよ」「何でいるんですか!?」「何もないし」「ルルティモ寄席!! とにかくお待ちしてます!!」。私の出番は20分後の19時15分だった。

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら
次のページ