ライター・永江朗氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『体はゆく』(伊藤亜紗、文藝春秋 1760円・税抜き)を取り上げる)。

*  *  *

 練習を重ねるうちに、できなかったことができるようになる。そのときの気持ちはなにものにも代えがたい。たとえば自転車の操作のようにいちど体得したことは忘れない。そのとき体に何が起きているのか。「できる」とはどういうことなのか。

 伊藤亜紗の『体はゆく』は、この「できる」の不思議を、テクノロジーを補助線にして考えるノンフィクション。5人の研究者が登場するのだが、彼らの取り組んでいることがなんだかSFじみていて面白い。

 たとえば第1章には手に装着して指を動かす機械が登場する。これをつければ、プロのピアニストの指の動きをそっくりそのまま体験することも可能だ。「できる」ようになるには、「できた」状態をイメージすることが重要。「できない」人にはこれが難しいのだが、この機械をつければ「こういう感じ」ということがつかめる。

 この第1章では、ピアノの練習の、考えかたの変遷も書かれている。練習量が多ければいいというものではないし、指の筋トレが上達につながるわけでもない。また、ピアニストは手だけではなく、全身を使って演奏している。「できる」について、誤解や思い込みは多いのだ。

 そのほか、桑田真澄の投球フォームを撮影して解析する研究(投球のたびにフォームが違っていて、本人も気づいていないそうだ)や、自分に尻尾があるという仮想状態をつくり、その尻尾を動かす訓練を集団で行う研究などが出てくる。

「できない」と「できる」の間にテクノロジーを挟み込むことで、筋肉や神経や脳などで何が起きているのかが見えてくる。もしかして、ぼくでもショパンが弾けるようになったりする?

週刊朝日  2022年12月30日号