芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、体験したい時代について。

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 瞬間移動でどこでも行けると言われたらどこか行きたい地はありますか? うーん、そうねえ、かつて居たかも知れないけれど、すでに記憶のない場所で、何をしていたかという自分をもう一度追体験してみたいですね。

 となると、今生の体験ではなく、うんと昔の過去の時代ということになりますね。例えば1万2千年前に沈没したアトランティスとか、ムーとかレムリアでもいいですが、そこまで時空を飛ばさなくても、もう少し近い時代がいいかな? ということになると今生の直前の前世がいいと思いますね。

 だけど、前世から今生に転生するまでに待機していた霊界での期間があります。その霊界期間に果たして何年いたか? 100年いたのか、もっと長期に及んでいたのか、逆にもっと短期でこちらに転生したかで、前世と今生までの空白時間を換算する必要があります。

 まあ前世で死んですぐ今生に生まれかわることは滅多にないと思うので、100年200年前の世界ということになるんじゃないかと思いますが、また、その前世がどこの国であったか、どんな時代であったかが皆目わかりませんよね。しかも性別だって男か女かもわかりません。先ずタイムマシンでタイムスリップするしかないですが、もし、その時代と場所が、日本の戦国時代だったり、フランス革命真っ只中だったら、あわてて現在に逆戻りしたくなります。戦乱に巻き込まれて、そこで殺されたりした経験など、再びしたくないですからね。

 その時は、もう一度、時間を巻き戻して、もっと平和だった時代に再挑戦することになると思います。神風特攻隊で死んだ若者達は意外と早く転生するというような話を聞いたことがありますが、僕は特攻隊以前の昭和11年生まれですので、それ以前の前世ということになります。もし前世も日本人だったとして江戸時代のサムライで、武士道に生きたとなると、最後はやっぱり殺すか殺されるかの命のやりとりをして終ったということになりそうですので、これもやっぱりイヤですね。といって浮世絵師でも歌麿や、北斎や広重なら、それはそれなりに人気画家として人生を満喫したと思いますが、二世続いて同じ職業も面白くないので、やっぱりもう一度タイムスリップをやり直して、イタリア辺りに住んでいた時代を探し当てて、そこに降臨(この言葉は神にしか使えない言葉らしいですが)して、フェリーニの映画の世界のような時代にもし生きていたのなら、それもいいかなと思いますが、フェリーニの時代といっても古代ではなく、現代が舞台ですから、どうかな? 映画のようなイタリアの生活も少しは味わってみたいけれど、そんなイタリアのナポリかどこかで生まれていて、若い頃は美人だった奥さんも、ソフィア・ローレンのような女性になるなら嬉しいけれど、だんだん年を取って、フェリーニの「8 1/2」のあの太っちょのサラギーナみたいな女性が奥さんなら、これも考えものですね。そこで再びタイムスリップして、もっと別の国の別の時代の環境に逃げ込みたくなります。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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