ノンフィクション作家の足立倫行さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『今を生きる思想 宇沢弘文 新たなる資本主義の道を求めて』(佐々木実、講談社現代新書 880円・税込み)。

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 今年11月、エジプトで開かれた国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で、これまで先進国の反対で見送られてきた温暖化による「損失と被害」を支援する基金の創設が、初めて合意された。温暖化被害が集中する途上国を支援するため、先進国がようやく財布の紐をほどくのだ。

 この事態を約30年前に予測し、対策を示した日本人経済学者がいた。本書の主人公・宇沢弘文だ。

 本書によると、宇沢は国民所得に比例した炭素税と、その一部を基にした「大気安定化国際基金」を1990年に提唱している。彼の業績で重要なのは、二酸化炭素1トン当たりの価格と各国の国民所得、二酸化炭素の長期蓄積量との関係を、イデオロギーからではなく数理経済学を使って公式化し、整然と導き出したことである。

 ヒロフミ・ウザワの名は、「ノーベル経済学賞にもっとも近かった日本人」として、日本よりも海外で広く知られている。

 宇沢は終戦から約10年を経た28歳の時、アメリカ数理経済学の雄ケネス・アローに論文を送り、すぐに評価されてスタンフォード大学に招聘された。そして、またたく間に経済学界で頭角を現す。というのも、敗戦直後の荒廃を見て経済学を志す前の彼は、東大数学科の特別研究生だったからだ。

 当時のアメリカの経済学界は、経済成長の市場メカニズムを高度な数学を用いて解明する一般均衡理論一色の世界。宇沢にとっては願ってもない研究環境だった。

 しかし宇沢はやがて、主流派経済学とは距離を置き始める。

 主流のケインズ経済学は、労働市場の不均衡性に焦点を当てた「不均衡理論」だったが、短期分析のみだった。そこで、宇沢より4歳上のロバート・ソローらは、長期分析にケインズ以前の新古典派経済学の「均衡理論」を適用。これにより経済成長の安定性が保証され、資本主義体制の盤石さが「証明」されたかに見えた。

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