作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『橋の上で』(文・湯本香樹実 絵・酒井駒子、河出書房新社 1650円・税込み)を取り上げる。

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 名作『くまとやまねこ』を生みだした湯本香樹実と酒井駒子が14年ぶりにコンビを組んだと知り、予約までしてその絵本、『橋の上で』を手に取った。

 タイトルどおり橋の上に立ち、欄干に手をついて川を見ている小学生らしき子ども……酒井による表紙の絵は、すでに不穏な気配を漂わせている。どの町にもありそうな橋の上で、この子ども<ぼく>は、雪柄のセーターを着た薄汚いおじさんから「川が好き?」と、声をかけられる。ぼくは否定する。「じゃあ、橋が好きなの?」とさらに問われ、「べつに。ただいるだけ」と答える。

 ぼくは嘘をついた。本当は、濡れ衣を着せて叱る大人や陰湿ないじめをする同級生に抗う命がけの方法を想像し、そうすれば彼らがどう思うか考えながら川の水を見ていたのだ。だから、おじさんには早くどこかに行ってほしかった。

 そんなぼくに、おじさんは、不思議なみずうみの話をはじめる。<その水は暗い地底の水路をとおって、きみのもとへとやってくる>

 ここからの展開には、湯本の祈りのようなものが溢れていた。衝動的に死へ近づいてしまいがちな子どもに生き延びてもらうために、彼女はおじさんに願いを託し、具体的な処方術を語らせる。それは誰もがすぐにでき、自分しか見ることができない水辺へと導いてくれる。酒井が描くぼくのみずうみの景色は、生きているからこそ見られる絶景だった。

 前作で「喪失と回復」を描いた2人は、今作で「自殺願望や希死念慮からの救済」と向きあった。子どもだけでなく、大人にもこの絵本を読んでほしいと私が思う理由も、そこにある。

週刊朝日  2022年11月25日号