文芸評論家・斎藤美奈子さんが本に書かれた印象的な言葉をもとに書評する「今週の名言奇言」。今回は、『君のクイズ』(小川哲、朝日新聞出版 1540円・税込み)を取り上げる。

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■クイズが私の人生を肯定してくれたんです(小川哲『君のクイズ』)

 クイズ番組で超難問に次々答える解答者。問題文の最初の数語で答えを予測し、早押しのスピードを競う姿は、百人一首を用いた競技かるたを思わせる。ほとんどスポーツである。

 小川哲『君のクイズ』はそんなクイズ王の世界をモチーフにした異色の謎解き小説だ。

 語り手の「僕」こと三島玲央は25歳。中学のクイズ研究部に入ったときから十数年、研鑽を積んできた。今日はクイズ界の頂上戦というべき『Q−1グランプリ』当日だ。決勝に残ったのは玲央と、驚異的な記憶力を誇る22歳の東大生・本庄絆。

 同ポイントで迎えた最終問題、その本庄が問題文が出る前に正解を出した。答えは「ママ.クリーニング小野寺よ」。意味は検索をかければわかるが、にしたって1文字も問題文が読まれぬうちにボタンを押す「ゼロ文字押し」で優勝ってありか?

 ヤラセなのか魔法なのか。玲央は謎解きに乗り出す。

 ──というのが物語の枠組みだが、この小説が傑出しているのはクイズの達人たちの思考の経路が明かされる点である。

 問題文が<幸福なか──>まで読まれた時点で玲央はボタンを押した。答えは『アンナ・カレーニナ』。「幸福な家庭は……」というこの小説の書き出しを知っていれば答えられる問題である。だが瞬時に答えを出すのはまた別の能力なのだ。

<クイズとは覚えた知識の量を競うものではなく、クイズに正解する能力を競うものだ>と玲央はいう。<私たちは『わかりそう』と思ったら押します>と本庄は解説する。その後の短い時間で<『わかりそう』だった解答を考えます>。

 脳そのものがまるで高速で回転する検索エンジンのよう。しかし彼らはAIではなく人間で、正解の裏にはそれぞれの人生が隠れている。クイズは人生経験の反映で、ピンポンという音は単なる正解の音にあらず。<クイズが私の人生を肯定してくれたんです>。狭いようで広いクイズの世界に巻きこまれます。

週刊朝日  2022年11月11日号