芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、奇跡的な不思議について。

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 夢は無意識の産物である。だから夢を記述することで無意識と顕在意識が合体して、シンクロニシティー(共時性)が起こると言ったのはユングだった。そんなことを知らずに僕は52年間、毎晩夢日記を書いている。そのせいか日常的に偶然の遭遇に面白いほど出合うことが多い。

 そうして出合った連続的な偶然のエピソードをひとつ紹介しましょう。もう何年も前のことだけれど、宮崎県立美術館で個展をした時、宮崎市内に大衆演劇専門の劇場があることを知った。展覧会の合間に美術館の学芸員に僕の趣味を押しつけて、その大衆演劇を観に行くことになった。大衆演劇とはいわゆるドサ廻りの芝居のことである。小さな劇場には、われわれのグループ3、4人の他に一般の観客もやはり3、4人。実に寒々とした客の入りである。

 やがて幕が上って座長の口上が述べられる。若い座長は劇団澤村の三代目澤村謙之介である。舞台のかぶりつきの客席に座ったものだから、もろ座長と目が合ってしまう。口上が始まって、間もなくした頃、座長が突然目を丸くして、僕を指さして、「たった今、楽屋でテレビで観ていたその方があなたじゃありませんか」と客の僕に向かって言い出した。どうやら個展の情報番組がテレビで放映されたらしい。「いやあ、それにしても偶然ですね」と驚いているのは澤村謙之介さん。再び口上が始まったが、次に驚いたのは僕である。

 なんでも宮崎に来る直前に公演していたのは西脇の健康ランドだったと口上。今度は僕が舞台の座長に向かって口上をさえぎってしゃべることになった。「座長さん、ちょっと待ってちょうだいよ。座長さんが公演したという西脇は僕の生まれ故郷で、僕は帰省する度に健康ランドへ行って、先ず風呂に入って食事をしながら芝居を見るのを習慣にしていたんですよ」と驚いて舞台の座長さんに叫ぶように話した。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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