古谷田奈月(こやたなつき)/ 1981年、千葉県我孫子市生まれ。2017年『リリース』で織田作之助賞、18年「無限の玄」で三島由紀夫賞、19年『神前酔狂宴』で野間文芸新人賞。その他の著書に『ジュンのための6つの小曲』『望むのは』など。(撮影:神ノ川智早)
古谷田奈月(こやたなつき)/ 1981年、千葉県我孫子市生まれ。2017年『リリース』で織田作之助賞、18年「無限の玄」で三島由紀夫賞、19年『神前酔狂宴』で野間文芸新人賞。その他の著書に『ジュンのための6つの小曲』『望むのは』など。(撮影:神ノ川智早)

 子供やをかわいがるとは、どういうことなのか。古谷田奈月さんの新作『フィールダー』(集英社、2090円・税込み)は児童虐待、小児性愛、ペット愛、ゲーム依存などいくつものテーマが織り込まれた濃密な長編小説だ。

 橘泰介は総合出版社で人権問題の小冊子を編集している。担当する児童福祉専門家の女性に小児性愛者の疑惑が浮上した。一方、彼が参加するスマホゲームにも放っておけないメンバーがいて、事態は急展開をみせる。

 出発点は古谷田さんが抱いた疑問だった。なぜ人間には愛玩目的で動物を飼うことが許されているのか、「かわいい」というポジティブな言葉で自分たちに許している暴力ではないのか?

「みんなに広く受け入れられていることは日常生活で話題にしづらい。私の身近にも猫や犬を飼っている人がいる。親しい人にも話せないことは私の中で小説を書く大きな動機になる。小説で書こう、小説でしか書けないという感じです」

 動物との関係から見えてきた社会の様々な矛盾を作品に反映させた。

「私の場合は発信したいというよりも、自分の中にあるものを小説という形にして外に出したいという感じです。自分の中にずっとあるとつらいから。モヤモヤしていたものが言葉に置き換えられると、ちょっと落ち着く部分はありますね」

 出版社はセクハラや差別問題を糾弾する半面、加担することもある。自分がいる場所の矛盾も書こうと出版業界を舞台に選んだ。橘は毎晩スマホゲームに参加するが、古谷田さんも3年ほどスマホゲームにはまった時期がある。ネット空間のコミュニティには現実社会と同様の人間関係があり、ゲームプレイヤーを登場させることが社会を描くことにもなると考えた。

 プロットは作らず、文章を書いては壊すことを繰り返してストーリーを探っていく。

「最初は五里霧中で道筋が見つからないから、すごく苦しい。ただ、苦しい状態のまま書き続けていると、こっちの方向でいいんだと思える時が来る。そうなってからは少し楽しくなります」

次のページ