カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)/ 1954年、長崎生まれ。5歳で英国へ。82年、『遠い山なみの光』で英王立文学協会賞。89年、『日の名残り』で英ブッカー賞。2017年、ノーベル文学賞。近刊に『クララとお日さま』(c)Gorka Estrada(SSIF)
カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)/ 1954年、長崎生まれ。5歳で英国へ。82年、『遠い山なみの光』で英王立文学協会賞。89年、『日の名残り』で英ブッカー賞。2017年、ノーベル文学賞。近刊に『クララとお日さま』(c)Gorka Estrada(SSIF)

 ノーベル文学賞を受賞し、世界的な人気作家として活躍するカズオ・イシグロ氏は、映画界とのつながりも深い。最新プロジェクトは黒澤明監督の「生きる」のリメークだ。プロデューサー兼脚本で携わったイシグロ氏に話を聞いた。

【写真】英国版「生きる」の場面カットはこちら

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 カズオ・イシグロ氏は映画好きで、自身の日本映画からの影響にもたびたび言及している。1980年代からは脚本家としてもペンを振るってきた。カンヌやベネチアといった国際映画祭の審査員を務めたこともある。

 今回携わった「生きる」(オリバー・ハーマナス監督)は、英国紳士然とした風貌で知られるビル・ナイを主演に、黒澤の名作を英国版としてスクリーンに蘇らせた話題作だ。第79回ベネチア国際映画祭でも上映された。

──多くの名監督や名作があるなか、あえて黒澤の映画、「生きる」を選び制作することになった理由は?

「10代のころ、英国では日本映画を観る機会はめったになかった。あるとしたら黒澤と小津(安二郎)作品くらい。自分が日本人であり、自分の幼いころの日本を記憶する上で彼らの映画を観たことは非常に重要だった。さらに『生きる』は、日本映画であるという以外の意味でも僕にとって重要だった。若者だった僕は、映画に込められたメッセージを重く受け止めた。人生をいかに生きるべきかを教えてもらった。似たような種類の映画が伝えるメッセージとは、異質のものを感じた。たとえば『クリスマス・キャロル』。同作では嫌われ者がすっかり自分を変え、愛すべき人になったという話だが、僕は納得できなかった。人間が一夜にして全く違った人間になれるのか? ほかにも『素晴らしき哉、人生!』では、自分をみじめだと感じている男が、自らの人生が素晴らしいものだったと指摘され、気持ちを変える。名作かもしれないが、僕は納得がいかなかったんだよ」

「ところが『生きる』は違っていた。『君の人生には、きっとたいしたことは起こらないだろうし、偉業を成し遂げることもないだろう。それでも自分を受け入れ、社会における小さな役割を受け入れ生きることが大切だ』と。そこでほんの少し努力し、自分なりに与えられた人生をとことん生きることが大切だとね。そのメッセージに触発されたんだ。人種や国籍に関係なく、若者を触発する映画だと感じた。だからこそ、英国を舞台として、若い世代に向けてリメークしたら面白い映画になるだろうと思った。年を重ねた自分が携わることで、今の若い世代が当時の自分のように、この映画に意味を見いだすだろうか?ということに興味を持ったんだよ」

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