春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「秋刀魚」。

【画像】「今週のお題」のイラストはこちら

*  *  *

 昼の浅草演芸ホールの楽屋。林家正蔵師匠との『今晩なに食べる?話』。「一之輔さんは?」「我が家はカツオのたたきの予定ですねぇ。高知の方から頂いた冷凍カツオを、さっき冷蔵庫に移したので帰る頃にはいい塩梅に解けてると思うので……」「いいねぇ。うちはポークソテー。昨日、美味しそうな豚肉があったからスーパーで買っちゃった。『自分で焼くから焼かないでね!』ってカミさんに宣言してきたの」「いいですねぇ」「『薄力粉を用意しといてね、小麦粉じゃないよ!』ってカミさんに言ったら『薄力粉も小麦粉っ!』って怒られちゃった。知ってた?」「あー、そうかもしれません」……寄席の楽屋は平和。「師匠は今年もう秋刀魚やりましたか?」「こないだ食べちゃった。大根おろしを普通のと鬼おろしの2種類にしてさ。普通のは醤油、鬼おろしはポン酢。美味しかったよ」……。

 帰宅中、スーパーの前を通りかかった時。空から降ってきた「やっぱり秋刀魚、食べたい」という想い。カツオ、すまん。お前は明日だ。魚売り場に早歩きし、秋刀魚を手に取る。2尾498円。まだ高い。我が家は5人家族、なかなかの出費だ。そして絶妙な細さ。もうちょい太ってくれてれば良かったけど、そんなこと言ってられないくらい今、秋刀魚食べたい。みんな正蔵師匠のせい。大根も購入し、表に出る。「我慢出来ず、秋刀魚買った」と帰宅中であろうカミさんにLINE。「OK」の返事も来た。これで心置きなく秋刀魚を焼ける。帰宅後、すぐに大根をおろす。おろし金が1種類しかないのでノーマルのみ。汁はそのまま残したほうが好みだ。大根の余りと葉っぱを使って中華スープを作る。ご飯を早炊きでセット。家内が帰宅。子どもは現時点で3人中、2人帰宅。秋刀魚に軽く包丁でバッテンをつけて、グリルに並べる。4尾で満員だが、次男が塾で遅くなるらしいのでちょうどいい。○家内が風呂から出る○スープが出来る○ご飯が炊ける○秋刀魚が焼ける、全てが3分以内に収まるように計算しておく。IHのグリルのタイマーが「あと2分」を示した。ご飯、スープはもう出来た。長男と長女がお給仕をし、家内が冷蔵庫からビールを出した瞬間……次男が帰ってきた。「お腹減ったわー!」。みんなそうだけど……お前は遅いんじゃなかったのか……。

著者プロフィールを見る
春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

春風亭一之輔の記事一覧はこちら
次のページ