藤本隆宏さん(左)と村井重俊編集委員の話に約60人の参加者が熱心に耳を傾けた(撮影/本誌・堀井正明)
藤本隆宏さん(左)と村井重俊編集委員の話に約60人の参加者が熱心に耳を傾けた(撮影/本誌・堀井正明)

 作家・司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をテーマにした「坂の上の雲ミュージアム」(松山市)の開館15周年記念シンポジウムが9月18日、同館で開かれた。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」で広瀬武夫役を演じた俳優の藤本隆宏さんと本誌の村井重俊編集委員が招かれ、作品と作者の魅力について約2時間にわたって語り合った。

 競泳五輪代表から役者に転じた藤本さんは、2009~11年放送のスペシャルドラマの思い出から語り始めた。劇団四季を経て主に舞台で演じていた当時、広瀬役は思いがけない大抜擢だった。

「初めての大きなドラマで一番大切な作品です。出演が決まったときはうれしかったけれど、そのあとはプレッシャーしかありませんでした」

 撮影開始までの2年間はほかの仕事を断って、生活費を借金して役作りに没頭した。広瀬の故郷の大分弁を話し、下戸の広瀬にならって撮影が終わるまで酒を断った。それ以来、酒がほとんど飲めなくなったという。

 司馬さんの本誌連載「街道をゆく」の担当だった村井編集委員は、日露戦争を題材にさまざまな人物が織りなす『坂の上の雲』の物語の中で海軍軍人の広瀬は異質の存在だった、と話した。

「広瀬にとってロシアは倒さなければいけない敵だけれど、武官として滞在したロシアは第二の故郷、大好きな恋人もいる。戦いの最中に『戦争が終われば敵方に行って和平交渉をやりたい』と言う。そんな軍人は昭和にはいなかったでしょう。そこを司馬さんは描きたかったのだと思う」

 藤本さんは演じた広瀬について、こう語った。

「自己犠牲の人。周りの方、日本の方、最終的には世界の人たちのために自分のことは置いて行動する。そういう考え方の人がいたことを小説を読んで若い人にも知ってほしい。『坂の上の雲』は残していかなければいけない作品。ミュージアムを通して司馬さんの思いを伝えてもらいたい」

 同館では本誌連載の司馬遼太郎シリーズを担当する小林修・写真映像部長の写真展「司馬遼太郎『坂の上の雲』の視点」が10月18日から11月27日まで開かれる。(本誌・堀井正明)

週刊朝日  2022年10月7日号