作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』(町田康、NHK出版新書 968円・税込み)を取り上げる。

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 町田康の小説の魅力は、まず、そのクセの強い文体にある。それは、講談や浪曲の調べを放つ冗舌体なのだが、現代語と古語が自在に混じりあいながらリズムを刻み、他にはない奇妙な物語の世界へと読者を引きずりこむ。

 NHK文化センターにおける町田の講義内容を加筆・修正して編まれた『私の文学史』では、自身の文体についても言及している。<文体とはその人の意志である>と町田は語り、その核心が「配合」にあることなど創作の内実を紹介。パンク歌手(町田町蔵)の時代から自分語りを避けてきた彼が、受講者の反応にも気を配りながら、何とか伝わるよう工夫する。ときには持参した本を取りあげ、ときには、詩や小説を朗読してみせる。

 そんな講義が12回。ちなみに初回は<本との出会い>をテーマに、小学2年生で読んだ『物語日本史2』にふれ、<これさえ読んでいなかったら、もっとまともな人生を送っていたかもしれず>と自嘲しつつ、この本が後の自分に与えた影響を分析。人間への関心や教科書とは違う語彙を培い、ここではない「その世」を実感するといった、現在の町田に繋がる原型のような話が展開され読ませる。

 町田は一貫して具体的に、生々しく、正直に語っていた。だからといって簡単に理解できない部分もあるだろうが、「本当のことを自分にとってふさわしい言葉と文体で書く」大切さは、多くの読者に伝わるに違いない。<自分の脳のバリアを、オートマチックじゃない言葉遣い、文学的な言葉遣いで突破していくことによって、マスの言語に抵抗しながら言葉を紡いでいく>と最終回で語った町田の姿勢に、私はしばらく感じ入った。

週刊朝日  2022年10月7日号