西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「86年で最高に旨かったもの」。

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【ときめき】ポイント

(1)好きなものを食べて心をときめかせるのが一番の養生

(2)62年前に食べたかつ丼は、あまりの旨さに絶句した

(3)かつ丼を前にした心のときめきは食材の不利を補う

 養生にとって食事は大事です。ですから私も様々な食養生を試しました。でも、そのあげくに行き着いた結論はシンプルです。

「好きなものを少しだけ食べる」

 これが私の食養生の基本です。いくら体によくても、嫌いなものを食べる必要はありません。好きなものを食べて、心をときめかせるのが一番の養生なのです。食べすぎはいけませんが。

 こんな話をしていたら、「では先生が86年間生きてきて、最高に旨(うま)かったものは何ですか」と聞かれました。答えはあります。62年前に食べた「幻のかつ丼」です。

 かつ丼は元々、大好きなのです。出先での昼食はお蕎麦屋さんに入って「生ビールとかつ丼半ライス」と注文しています。一人前そっくりは多すぎるので半ライス。

 それにしても、62年前のかつ丼は、あまりの旨さに絶句しました。1960年。まだ医学部の学生でした。空手部の夏の合宿で佐渡島にいくことになり列車で新潟に。船に乗るまでの時間に、たまたま入った店で出会ったのです。そのかつ丼は東京のように卵でとじていません。ただ甘辛く煮たフィレの一口かつが3枚、白飯の上にのっているだけ。白飯への煮汁の染み具合もくどくなく、ちょうどいい。じつに旨いのです。

 もう一度、あのかつ丼を食べたいと何度思ったことか。他の店でもよいからと、卵とじのないかつ丼を周りの人に説明するのですが、わかってもらえません。40年間探し求めました。そして2001年。新潟に立ち寄る用事ができたので、空いている時間に運命の店を探してみたら、あったのです。うれしかったですね。胸の高鳴りを覚えつつ、店に入りました。でも、出てきたかつ丼に往年の感激はありませんでした。40年もたてば、作り手も変われば、こちらも変わっているのです。いたしかたないことでしょう。それよりも、念願がかなったことの心のときめきが大事なのです。

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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