作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『とんこつQ&A』(今村夏子、講談社 1650円・税込み)を取り上げる。

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 今村夏子の新刊が出ると迷わず入手し、すぐに読みはじめる。

 平易な語句がつらなるテンポのいい文章に導かれ、遠浅の海の砂地を踏みしめるように、サク、サクと進んでいく。すると、後半に差しかかった辺りで不意に足もとが沈みこみ、いきなり冷気に襲われる。ぞわっとしながら顔を上げると、日常がすこし歪み、隠れていた過去の、他人には言えない瑣事が現れる。短篇4作を収めた最新刊『とんこつQ&A』も、そんな今村の魅力に満ちていた。

 表題作は、「とんこつ」という中華料理店で働く「わたし」が主人公。7年前、中年の「大将」と小学生の息子「ぼっちゃん」が切り盛りする店にアルバイトとして雇われたが、人とのコミュニケーションに難があるわたしは役に立たない。寛容な親子に見守られながら、わたしは自分なりに改善策を考え、客とのやりとりの想定問答集を作りだす。そうして首尾よく仕事が回りだした頃、わたしよりも他者と意思疎通できない女性が同僚として登場する。ここでも「とんこつ」の親子は寛大で、わたしにも“Q&A”を活用した彼女の支援を頼んでくる。そして、その依頼はなぜか私生活面にまで及びはじめる。

 私たちが他人とともに生きている現実を、その接着面に焦点をあてて観察したら何が見えてくるだろう。くっついたり離れたり、誤魔化したり。そんな瞬間を今村は見定め、回想を活用して鮮やかに描く。構成の巧みさで物語が緩むことはなく、他の3作も含めて、淡々と人間の真の姿を露わにする。

 今村作品を読むたびに私が垣間見てしまうのは、自身の裸像なのかもしれない。だから、恥ずかしくて、かなり怖い。

週刊朝日  2022年9月16日号