岡田利規(おかだとしき)/ 1973年、神奈川県生まれ。演劇作家・小説家。2005年、演劇「三月の5日間」で岸田國士戯曲賞受賞。他に戯曲集『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』、小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(大江健三郎賞)など。(撮影/松見拓也)
岡田利規(おかだとしき)/ 1973年、神奈川県生まれ。演劇作家・小説家。2005年、演劇「三月の5日間」で岸田國士戯曲賞受賞。他に戯曲集『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』、小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(大江健三郎賞)など。(撮影/松見拓也)

 演劇カンパニー・チェルフィッチュを主宰する岡田利規さんは、演劇作家として国内外で高い評価を得ている。本書『ブロッコリー・レボリューション』(新潮社 1980円・税込み)は15年ぶり2冊目となる小説集で、今年の三島由紀夫賞を受賞した表題作をはじめ、2008年から22年にかけて発表した五つの短編を収めている。

 岡田さんの演劇は、岸田國士戯曲賞を受賞した「三月の5日間」(2004年初演)をはじめ、独特な語りに特色がある。同じ俳優の語る言葉が一人称から三人称に──すなわち、自分の話として語られていたことが、いつのまにか他者の話に変わっているようなことがある。そうした「自分」と「他者」の境界が溶けていくような作風は、本書にも表れている。

 表題作は「ぼくはいまだにそのことを知らないでいるしこの先も知ることは決してないけれども」という言葉で始まる。このフレーズはその後何度も繰り返される。特に興味深いのは、この「ぼく」は本来知りえるはずのない情報について語っていることだ。「ぼく」のDVに耐えきれなくなった結果、こっそりタイへと逃げた「きみ」について、その心情や現地での生活、タイ人の知人との会話を、あたかも自分がその場にいたかのように事細かに語る。このような手法はほかの短編にも通底しており、これまでの多くの小説における一人称が抱えていた限界を、軽々と突破している。

 こうした手法について、岡田さんは「そこまで厳密に意識したわけではないんです」と語る。

「なぜそうなるかは自分でもよくわかりません。しかし、自分で小説を書く中では、不思議とそうしたスタイルになっていきました」

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