村田沙耶香(むらた・さやか)/ 1979年、千葉県生まれ。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞。近著に『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『変半身』など。(撮影/文藝春秋・佐藤亘)
村田沙耶香(むらた・さやか)/ 1979年、千葉県生まれ。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞。近著に『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『変半身』など。(撮影/文藝春秋・佐藤亘)

「原価いくら?」が口癖で現実ばかり見ている「私」はカルト詐欺を企む元同級生に呼び出される。村田沙耶香さんが刊行した『信仰』(文藝春秋  1320円・税込み)は、イギリスの文芸誌のオンライン版に掲載されたこの表題作「信仰」を含め、小説とエッセイの8編が収められている。

 芥川賞受賞作『コンビニ人間』が多くの国で読まれ、海外から様々なテーマで執筆を依頼されるようになった。

「日本の媒体ではあまりないテーマに刺激を受けて、いつもとは違う発想が出たような気がします」

 アメリカの出版社から「地球温暖化と社会的な不平等の相互関係」をテーマに依頼された「生存」では、灼熱の東京を舞台に、収入の高低で「生存率」が決まる未来社会のカップルを描いている。

 イギリスの国際芸術祭で自ら朗読した短編もあれば、ドイツの美術館のために書いたロボットと宇宙人の話もある。8編のうち5編が海外でも読まれている作品だ。

 珍しいのは小説とエッセイが垣根なく一冊の中に並んでいること。村田さんは小説を書くときに登場人物の似顔絵を描くことから始める。エッセイは自分の似顔絵を描くわけにもいかず難しさを感じていたが、最近は私小説への憧れをエッセイで解消する術を覚えた。英語での掲載が前提だったエッセイでは、普段は触れない自分のことが書けたという。

 以前はコンビニで働いて一日のリズムができていた。作家専業になった今はパソコンの入ったキャリーケースを引いて朝7時に喫茶店へ。モーニングを食べて原稿に向かい、2、3時間ごとに店を移動して夕方ファミリーレストランにたどり着くまで執筆を続ける。

「小説を書くいちばんの原動力は知りたい気持ち。人間の奥底の開けてはいけない箱を開けたいという欲望が昔からあって、それができるのが小説のような気がしています。水槽の中にいろんな人間を置いて何が起こるか実験しているんです」

 収録された小説も、何がどう動くかわからないまま書き始めた。すると「信仰」の主人公は偽セラピーに参加し、「生存」の主人公は人間をやめて野人になろうとするのだった。

「破滅に向かう人ばかり書いてる気がしますね。でも主人公の意志が強くて私には絶対にコントロールできないんです。自分とは違う人を作ったつもりでも、その意志の強さが自分に似ちゃってるのかもしれません」

 幼少期は世界が息苦しく自分を「人間未満の存在」だと思っていたという村田さん。誰かを幸せにできる人に憧れてきたが、それを小説ではしないように心がけている。

「子どもの頃から今まで、どんなにわがままでもいい場所が小説でした。誰かを幸せにするための奴隷みたいな生き方でもいいけれど、小説だけは石を投げられても書く。そういうものが人生に一つはないと自分が壊れてしまう気がするんです」

 いずれも濃厚な味わいの8編で著者の進化に追いつきたい。(仲宇佐ゆり)

週刊朝日  2022年9月2日号