「映画もドラマも、それぞれにおもしろさがありますけれど、舞台のおもしろさっていうのは……何ていうのかな。ひと月以上稽古して本番も1カ月ぐらいあるから、しつこく作り上げていくことができるじゃないですか。台本1ページ分を作るのに丸一日かけたりできる、その作業がすごく好きです。贅沢(ぜいたく)な時間だなと思います。あとは、俳優としての修業の場にふさわしい気もするんですね。もちろん映画もドラマも、鍛えられる場所ではあったりするんですけれども、舞台は、単純に『楽しいし好き』っていうところが大きいかもしれない」

 これまで、「自分の名前が世間にもっと知れ渡ったらいい」などと考えたことは皆無だという。

「有名になりたいとかいう動機では続かないですよ、この仕事は。しんどいですから。いつも追われている感じなので、目の前のことをやっていくだけで精いっぱい。今やっている芝居のことしか考えられないです。私も、今はこの作品が目の前にあって、日々稽古をして、問題が見つかったら、それに立ち向かう。そういう作業日がずっと続いている感じで、一日があっという間に終わってしまう。だから、先を見る余裕がないんです」

 毎日、いろんな日があって、「楽しい」「好き」ばかりでは乗り越えられないときもある。でも、江口さんは、「それはしょうがないです。仕事ですから」と変わらず淡々とした口調で言う。

「目の前のことを淡々とやっていくのは、俳優業に限ったことじゃなく、仕事をしている人は、みんなそうなんじゃないですか。自分の選んだ仕事ではあるけれども、全部が楽しいわけじゃない。それは、誰もが同じだと思うんですけどね。目の前のことに必死になって、昨日できなかったことが今日はできたり、明日に持ち越したり。それが私は苦じゃないし、それもひっくるめて楽しいと思えるんです」

 もう一つ、江口さんを舞台にのめり込ませるのが、作品ごとの出合いだ。役との出合いも刺激的だが、そこには常に課題がつきまとう。でも、スタッフや共演者など“人”との出会いは、シンプルに現場を「楽しい」と思わせてくれるのだそう。

「どうせやるならおもしろいほうがいいじゃないですか。何でもね。舞台のおもしろさは、脚本にもあるけど、私にとっては、一緒にやる人が大きいかもしれない。今回のチームにも好きな人がいっぱいいます。『夜の女たち』では、これまでやったことがない役ですが、役柄の変化には、私は、そんなにこだわりはないです。何でもできるとも思ってないし。人にはそれぞれタイプがありますから」

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2022年8月19・26日合併号より抜粋