春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「復活」。

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 コロナから復帰し10日ぶりの高座。マクラで「隔離生活から久々に外に出ると、『牛若丸』ですねぇ」と言うと、お客がポカーン。最前列のおじさんが「浦島太郎?」と呟いた。焦る。「そう!(汗)浦島太郎! 10日休むとダメですね。『牛若丸』は『お椀の船に、箸の櫂』か!」。またポカーン。高座降りたら後輩に「さっきの『一寸法師』じゃないですか?」と直されました。リハビリが必要です。

 長野の独演会が中止になり、それに付随していた地元新聞の取材もキャンセルになったままでした。丸1日休みがあったので、その日に改めて取材を受けに長野に出向き、ついでなので1泊ゆっくり出来ないかと探してみると、近くに良さげな温泉地を発見。こうなりゃ独り旅だ。取材を終えて在来線でガタゴトガタゴト。いーかんじで鄙びた街。観光名所(街の人いわく)は30分で回りきってしまいました。宿のお湯に入っても夕食までまだ3時間あります。ここで「Nスタ」でホラン千秋を観ていたら、いつもと同じです。日帰り温泉があるらしいので行ってみよう。

 狭いお湯に浸かっていると、ごま塩頭のお爺さんが入ってきました。背中には若武者……っぽい絵が描いてあります。子供が自由帳の片隅に描いたような、正直あんまり上手くなくて、かつ小さくてファニーフェイス。手に持つ刀が松の枯れっ葉に見えるし、腰から下はゴム跳びしてる女子のようです。ジッと見入ってると気配を察したのか「ん?」とお爺さん。「なに?」「あ、すいません!」「あ……(口に人さし指当てて)しー、だな(笑)。コロナだからな」。壁には「お喋り禁止」の注意書き。案外生真面目なお爺さん。無言のまま、二人で入浴。出るタイミングも一緒。

 外に出て「どこから?」とお爺さん。「東京です」「どうだい、ここは?」「良いですねぇ」「そう?」「はい」「まぁ、悪いところじゃないねぇ(笑)。オレも久々に帰ってきたんだけどさ……」。細かい事情は聞きませんでしたが、お爺さんはなにか訳があって郷里を離れていたようで「すっかり浦島太郎だわな」と笑いました。浦島太郎!? 「失礼ですが背中の彫り物は……どなたですかね?」と聞いてみた。「あー、これ?」「……義経(牛若丸)、じゃないですよね」「んー、違う。木曽義仲だね。若気の至り(苦笑)」。ニアピン。お爺さんは続けて「なんか締まらなくてなぁ。よく『一寸法師』みてえだなんて言われてな」と、笑った。来た。『一寸法師』、ありがとうございます、回収出来ました。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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