ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『帰りたい』(カミーラ・シャムジー著 金原瑞人・安納令奈訳、白水社 3190円・税込み)を取り上げる。

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 宗教はほんとうに人を救うのだろうか、とつくづく考える今日このごろ。異教徒にとっては暮らしにくかろう。

 カミーラ・シャムジーの『帰りたい』は、イギリスのパキスタン系イスラム教徒を描いた長編小説。題材もストーリーも衝撃的だ。

 イスラム教徒の3人きょうだいがロンドンで暮らしている。長女は両親亡き後、妹と弟を育てるために学業を中断して働いてきた。ようやく彼らも自立したので、アメリカの大学院で勉強を再開する。次女は奨学金を得て大学へ。弟は音響関係の仕事に。

 いろいろあって、次女が恋に落ちる。相手は父親がパキスタン系イスラム教徒のエイモン。これだけなら何の問題もないはず。ところが二つの家族が対照的なのだ。3きょうだいの父親はジハードのためにボスニアに渡り、グアンタナモ収容所への搬送中に死んだ。つまりイスラム過激派にとって英雄だが、非イスラム教徒から見るとテロリスト。そしてエイモンの父は英国の国会議員で内務大臣。テロリストを撲滅する側だ。

 これだけでも『ロメオとジュリエット』みたいな話なのに、3きょうだいの弟がイスラム過激派にリクルートされ、イスラム国に参加する。しかしイスラム国の残虐さと現実を目の当たりにした弟は、英国に帰りたいと言い出して……。

 後半の展開と結末に驚愕しつつ、国家と国籍と宗教について考えさせられた。かくして冒頭のつぶやきへ。

 作者はパキスタン生まれ。アメリカの大学で教育を受け、作家デビュー後に英国に移住。本作は2017年のブッカー賞最終候補になった。

週刊朝日  2022年8月12日号