文芸評論家・細谷正充さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『やわ肌くらべ』(奥山景布子 中央公論新社 1870円・税込み)。

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 本を見ただけで、これは面白い作品だと確信することがある。たとえば、奥山景布子の新刊だ。『やわ肌くらべ』という刺激的なタイトル。帯に書かれた「明治を生きる“新しい女”たちの三つ巴恋愛譚」と、その下にある「許さない。でも、愛してる。」という惹句。そして、目力の強い女性の顔が印象的な、中島花野のカバー・イラスト。これらが一体となって、面白い本オーラを放っているのだ。もちろん作者が、端正な歴史小説の書き手だという、信頼感があってのことである。

 物語は、与謝野鉄幹と深く関係した、3人の女性が主要人物になっている。現在では、与謝野晶子の夫として覚えている人が多いだろう鉄幹。しかしある時期までは、彼の方がビッグ・ネームだった。“ますらおぶり”と呼ばれる作風で評判になった歌人であり、詩歌を中心とする文芸誌「明星」を創刊して、鳳晶子(後の与謝野晶子)や山川登美子などの女流歌人をプロデュースした人物なのである。

 だが鉄幹は女性にだらしなく、他にもいろいろな面で問題があった。本書はまず、鉄幹の徳山女学校(山口県)教師時代の教え子で、内縁の妻となる滝野の視点で進行する。詩歌集を2冊出版し、新聞連載も持っている鉄幹と仮祝言を挙げ、舞い上がる滝野。しかしすぐに、「明星」創刊の資金を、実家に出してもらうよういわれる。東京での生活は貧しく、「明星」の手伝いにも追われる。だが、もっとも許せないのは、鉄幹と彼が引き立てた女性歌人との関係だ。まるで鉄幹への恋文のような登美子や晶子の歌に、滝野の心は乱れる。やがて息子が生まれるが、母からの手紙で鉄幹の嘘を知り、ついに滝野は故郷に帰るのだった。

 これと並行して、登美子と晶子の視点のストーリーが進んでいく。鉄幹と一夜の契りを持つが、家の勧める結婚をした登美子。しかし1年半で夫が病死すると東京に出る。そして曲折を経て、また鉄幹と関係を持つようになるのだ。

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