小野寺史宜(おのでら・ふみのり)/ 1968年、千葉県生まれ。法政大学文学部卒業。2006年に短編「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、08年『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞。著書に『ひと』、「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『いえ』など。
小野寺史宜(おのでら・ふみのり)/ 1968年、千葉県生まれ。法政大学文学部卒業。2006年に短編「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、08年『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞。著書に『ひと』、「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『いえ』など。

『奇跡集』(集英社 1760円・税込み)は朝の通勤電車に乗り合わせた7人の心のうちを描く連作小説だ。単位を落としそうな大学生、仕事で失敗した会社員、初デートに向かう女性、尾行中の刑事もいる。それぞれの身に起きた小さな奇跡がゆるやかにつながっていく。

「最初に『竜を放つ』というタイトルが思い浮かんで、すごく気に入っていたんです。それが第一話になりました」(著者・小野寺史宜さん、以下同)

 竜というのはお腹の中にいる暴れ竜のこと。冒頭から通勤電車の中で腹痛に耐える男子大学生のモノローグが12ページも続く。もう我慢の限界だと思った瞬間、隣に立っていた若い女性が体調を崩してしゃがみこみ、それに気をとられた大学生は次の駅まで持ちこたえる。物語は電車内のこの場所から展開していく。

「一つの町とかミニシアター、子ども食堂のような限られた空間で、時間的にも朝とか一晩とか限定された状況を書くのが好きなんです。ミニマリストの気があるのかもしれません」

 文章も短くすっきりしている。物語が伝わればいいので、葉っぱが風にそよいでいるとか、どんな服を着ているかといった装飾的な描写はほとんどしない。私生活でも髪は短髪で服はいつも同じTシャツ。自分の部屋には最低限のものしか置かず、30分あれば引っ越しができる。

「押し入れも空にしておくことが大事なのに、かつて母親には全然理解されませんでした。いつのまにか服が入れられてたりするんですよ」

 実は電車の中でお腹を壊す話は実体験だという。小野寺さんの小説では殺人のような大事件は起きない。誰にでも起きそうなことから物語が始まる。自分が日常生活で体験したことを一つ一つ丁寧に拾って断片を集めておくそうだ。

「みなさん意識しないかもしれないけど、日々の暮らしの中でもいろいろなことが起きています。ゼロから生み出すというより、もともとある素材をうまく使って物語を作っていく。全然関係ないものを組み合わせることで、面白いものが生まれたりするんです」

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