ドイツ文学者・松永美穂さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国 シルヴィア・プラス短篇集』(シルヴィア・プラス著 柴田元幸訳、集英社、2310円・税込み)の書評を送る。

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 シルヴィア・プラスをなんとなく敬遠していた。30歳でガス自殺してしまった詩人、という暗いイメージが自分のなかで先行していたせいかもしれない。今回、没後半世紀を経て発見された作品などが入った短編集を読んで、ほんとうにびっくりした。彼女の多彩さと、溢(あふ)れる生命力が感じられたのだ。特に冒頭の表題作。列車に乗っている話だから、ということもあるが、明るい(とはいえ不穏さも混じる)疾走感がある。

 この短編の主人公メアリは、当時の作者と同じ20歳くらい。行く先もよくわからないまま、両親に急かされ、一人で列車に乗り込む。「北への旅行」と「終点に着くまで」がキーワード。そもそもメアリは行きたいわけではない。だが両親は聞き入れない。「誰もがいずれ家を出なくちゃならないのよ」という母親の言葉は、これが単なる物見遊山ではなく、メアリの巣立ちだということを示している。一人旅が初めてらしいメアリには、車中で話し相手ができ、一緒に和やかに食堂車に行ったりするが、やがてこの列車の恐ろしい真実が明らかになる……。

 怖い。そもそも列車に乗り込むとき、号外を配る人の「一万人が処刑」という不吉な呼び声も聞こえていた。なんなのだ、この世界は。ミステリーと怪談をミックスしたような不思議な味わい。読み終わってからも「第九王国」やメアリのその後について、想像をめぐらしたくなる。「第九」からの連想もあるかもしれないが、日本のモダニズム作家尾崎翠の「第七官界彷徨」を思い出した。

 本書に収められた8篇の短編は、異なるテイストで作者のさまざまな面を見せてくれる。プラスが自殺未遂をくりかえして精神科病院に入院し、その後、治療を受けながら病院内で働いた経験を反映した作品が二つあり、特に「ブロッサム・ストリートの娘たち」では、病院独特のエピソードや、そこで勤務する女性たちの会話にしみじみさせられた。その病院で使われる「ブロッサム・ストリート」という隠語の意味には、どきっとさせられるのだけれど。

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