横尾忠則
横尾忠則

 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、好きな場所、好きなところについて。

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「好きな場所、好きなところはどこですか? また、もう一度どこでもいいので、行けるとしたらどこに行きたいですか。場所ではなく、時代であればどうでしょう。古代、中世など、どの時代にも行けるとしたらどこに行きたいですか」が今週の担編さん鮎川さんのご質問です。

 ハイ、どこにタイムスリップしたいか、ってことですよね。その前に知りたいことは、なぜ、自分が自分なのか? ってことです。なぜ、今生(こんじょう)の人生が「これ」なのかを確かめてみたいと思います。その唯一の方法はこの世に誕生する直前の人生に今生の自分の全ての謎と秘密が隠されていると思うからです。つまり前世の自分の生涯に立ち合うということです。前世をどう生きたかというその思想と行動を探ってみれば、今の自分の存在の全貌が一目で解るんじゃないかと思うんです。

 人類というか、大方の人間は、自分の存在について解らないまま、解ったような顔をして生きています。そんな自分の全貌が解らないから面白いし、それを創造するのがまた人生じゃないでしょうか。だから、自分が「何者」だなんて、どうでもいいことなんです。そんなことを知ることは神への冒涜(ぼうとく)です、なんちゃって。そんなカタイこと言わないで、折角、鮎川さんがタイムスリップのチャンスを与えて下さったんだから、思い切って、前世という過去世にスリップしてみましょうよ。

 大方の人達は今生の人生に何らかの不満を抱いているんじゃないでしょうか。そしてその不満の原因は今生にあると思っていますが、実はそうではなく、前世にその原因があるということだってあるんじゃないでしょうか。仏教にカルマ(因果)の法則というややこしい摂理がありますよね。その摂理は今生の問題だけではなく、連綿と続く過去世からズーッと今も続いている気が遠くなる宇宙摂理で、これにいちいち文句を言っても通じない世界観なので、この辺のことはある程度目をつぶることにして、ここから先の話はファンタジックなフィクションだと思ってつき合っていただくとして、まあ疑問もあるかと思いますが、仮に前世が存在すると仮定して下さい。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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