春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「お中元」。

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 落語家は二つ目に昇進すると、一応独り立ちと認められ、お付き合いとして盆暮れの挨拶をすることを許されます。それは当人にしてみると嬉しいもので、私も二つ目になり普段お稽古をつけて頂く師匠、お仕事を頂く師匠、もちろん自分の師匠へと御中元を持参するようになりました。

「持参」なのです。「配送」という選択肢は基本的に無し。そしてアポ無し。事前に在宅か否かを確認するなんて失礼!という考え方です。行ってみて不在なら後日また出直します。実に非効率的ですが、それが昔からの慣習。そして後輩が何かしらの品物を持ってきてくれたら、先輩は「ご苦労さん、ありがとう」と車代を渡します。若手は高額なモノは持っていけません。車代もまぁ適度な額。経験上、持参の品と車代はほぼ同額でしょうか。どちらもプラマイゼロ。示し合わせたわけでもないのに不思議なものです。長年のあいだに落語家が培った均衡といいますか。

 まめな後輩は「車で数日かけて20~30軒回りますよ」と言います。それをずーっと続けているそうです。盆暮れなので年2回。「そんなにお世話になっている人がいるの?」と聞くと「一度稽古をつけてもらったり、仕事をもらったらリストに入ります」だそうです。そんなことしてると御中元リストが無限に増えていくのでは?と思いますが、そこはそれ、彼なりに毎回「入れ替え戦」があるそうです。入れ替え基準は教えてくれませんでしたけど。

 私の場合、最初の年は自分の師匠を含め5軒。厳選して5軒。十分でしょう。買い物下手な私は「一体なにをお持ちすれば喜んでもらえるのか?」を考えながらデパートを回ってるうちにワケがわからなくなってきました。半日も思案していると「もう、なんだっていいんじゃないか? これだけグルグルしてるんだからお前の気持ちはなにを持っていっても先方に十分伝わるはずさ」と『上下関係の神様』が私に囁いてきました。結果的に、電車移動の私が選んだ品物は「お麩」。日持ちする上に、なにより軽い! 「感謝の想いをカタチにする」という御中元のテーマからするといかがなものかと思われる理由ですが、真夏の日差しを浴びながらの御中元回りの過酷さには代えられません。それでも3回も足を運んで居なかった方にはお渡しするのを諦めて、自分で食べました。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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