はらだ・ひか=神奈川県生まれ。2005年、「リトルプリンセス2号」でNHK創作ラジオドラマ大賞、07年、「はじまらないティータイム」ですばる文学賞。著書に『三千円の使いかた』『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』など。(撮影/喜多剛士)
はらだ・ひか=神奈川県生まれ。2005年、「リトルプリンセス2号」でNHK創作ラジオドラマ大賞、07年、「はじまらないティータイム」ですばる文学賞。著書に『三千円の使いかた』『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』など。(撮影/喜多剛士)

 思いもよらない遺産相続で神保町の古書店ビルが自分のものになったら……。原田ひ香さんの新刊『古本食堂』(角川春樹事務所 1760円・税込み)は神保町を舞台にした長編小説だ。原田さんはこの界隈に1年ほど住んだことがある。

「神保町は昔からいろいろな人に書かれていて、街の魅力につぶされそうな感じもあったんですけど、古書店の絶版本と食べ物を組み合わせた物語なら、新味を出せるかと」

 全共闘世代の古書店主が突然亡くなり、帯広から上京した妹が店を引き継ぐ。親類で国文学専攻の大学院生と切り盛りする店には、悩みを抱えた客が次々に訪れ、亡くなった兄の素顔が明らかになっていく。

「気がついたら古本屋になっていて、小さなビルとはいえ家賃収入もある。お金のことを気にせずに好きな本を売れるというのは一つの夢ですよね。夢のような話を書くのもいいかなと思いまして」

 作中には自身が活用している小林カツ代『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』、小学生のときに読んで衝撃を受けた本多勝一『極限の民族』、大学で国文学を専攻した原田さんらしく『讃岐典侍日記(さぬきのすけにっき)』や『国文学全史 平安朝篇』も登場する。

「どの本を取り上げるかがいちばんの悩みどころでした。品切れや絶版になっている魅力的な本がたくさんあるので、ご紹介したかったんです」

 取材で神保町を歩いていて見つけたのが、ちくま文庫『お伽草子』だ。その中の一編、谷崎潤一郎が現代語訳した「三人法師」を古書店の悩める客の処方箋に選んだ。

「お伽草子の中ではあまり有名な話ではないけれど、数百年前の日本人に今とはまったく違う考え方があったことに驚いて、これは入れたいと」

 原田さんが大妻女子大学の学生だった約30年前、図書館長の伊藤博教授から、「小さい大学だけど専門書をきちんと買っているから本に関しては自信を持っていい」「古典の研究者は物語を後世に残していく長い長い鎖の輪なのだ」と言われた。

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