渡辺謙さん [撮影/写真映像部・東川哲也、ヘアメイク/筒井智美、スタイリング/馬場順子]
渡辺謙さん [撮影/写真映像部・東川哲也、ヘアメイク/筒井智美、スタイリング/馬場順子]

 スタジオに入った瞬間、気持ちの良い風が吹いた。人間が放つ無音のエネルギーは“オーラ”と表現されることが多いが、渡辺謙さんがまとっていたのは“輝き”というよりは“風格”と言ったほうがふさわしい。そばにいればきっと何か面白いことが起こる。そんなエンターテイナーらしい波動が全身から溢れていた。

「ヒート」(1995年)や「マイアミ・バイス」(2006年)、99年公開の「インサイダー」などで知られるハリウッドの巨匠マイケル・マン監督が第1話の監督を務め、全話のエグゼクティブ・プロデューサーとしても参加した日米共同制作のドラマ「TOKYO VICE」。90年代の東京のアンダーグラウンドを舞台にしたこの作品でヤクザ絡みの事件で手腕を発揮する刑事・片桐を演じた謙さんが、最初にこの作品の構想を聞いたのは、6年ほど前のことだ。

「ニューヨークで、『王様と私』に出演していたとき、演出のバート(バートレット・シャー)が『面白い脚本家がいる』と、J・T・ロジャースを紹介してくれたんです。『日本を舞台にした企画を考えているんだけど』みたいなことを言われて、そのときはまだ『王様~』をやっている最中だったし、『ふーん』ぐらいの感想しかなかった。18年に舞台のロンドン公演が始まった頃、90年代の東京のアンダーグラウンドで繰り広げられる暴力団と警察の抗争を描きたい、と話が具体化した。それでもまだ『今更ヤクザの世界を描くのもなぁ』という印象しかなかったですね」

 その抗争を追っていくのが、アメリカ人でありながら日本の新聞社に就職した青年だと聞いてから、「これは面白くなるかも」と直感した。

「それぞれの正義と生き残りをかけて、ヤクザと警察が必死になる姿が、若い新聞記者の視点を通してシーソーみたいに交互に傾いていく。そんなイメージが湧きました。90年代といえば、日本がすごく混沌として、暴力団対策法が施行されて、暴力団の構成員も、必死で生きる術を探して暗躍していた時期です。できあがった脚本には、僕が演じる片桐という役も、いい意味でグレーに描かれている。片桐が何を考え、何をやろうとしているのか。演者としても、一視聴者の立場でも、すごく興味をそそられました。登場するキャラクターがみんな何らかの問題を抱えている脚本にも、ぐいぐい引き込まれていったんです」

次のページ