誰よりも近くにいて、表も裏も知り尽くした元マネージャーの小林元喜さんが、登山家の野口健さんの評伝『さよなら、野口健』(集英社インターナショナル 2090円・税込み)を書いた。18年間に事務所を3回辞め、合計10年間マネージャーを務めた。
「野口さんには抗い難い魅力と中毒性があるんです。辞めた後も考えない日はないくらい頭の中にずっと野口さんがいる。だから彼のことを書いて自分たちの18年間に決着をつけたいという思いはありました」
40人以上の関係者と野口さんを取材し、生い立ち、恋愛、七大陸最高峰世界最年少登頂、エベレスト清掃登山、橋本龍太郎との関係、政治家を志したことなど、軌跡をたどった。野口さんを「登山家としては、三・五流」と評する登山家にも話を聞いた。
波乱に満ちた半生だけでも読み応えがあるが、途中から野口さんの日常に小林さんという登場人物が加わり、内側から素顔を描いていく。二人の人生が交錯し、ページを繰る手が止まらない。
二人は2003年に友人の紹介で出会った。
「話も面白かったですけど、別れ際に握手をしたときグッと何かを持っていかれちゃったんです」
5歳上の野口さんに一度で魅了され、「この人は俺がいないとダメなんじゃないか」と事務所の設立に奔走する。
以来18年間、二人の関係を小林さんは「蜜月の時代もあれば、倦怠や互いに傷つけ合う不和の時代もあった。野口の優しさにひとり涙した時もあれば、二度と会わないと絶交を誓った期間もあった」と書いている。
目標を次々に実現する並外れた実行力、環境保護や被災地支援に真摯に取り組む姿を目の当たりにする一方、小さなミスを責められ、楽しそうにしていないと不機嫌な顔をされる。常に最高のパフォーマンスを求められる日々は小林さんを追い詰めていった。なにしろこの本は、自分の中の野口さんを消そうとして京都の縁切り神社を訪れる場面から始まるのだ。