※写真はイメージです (GettyImages)
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 病院死が大多数の今、在宅死を望んでいても、それがかなわなかったケースが散見されている。「最期は家で」と願うなら、本人や家族が自ら実現のために動く姿勢が必要だ。在宅死がかなわなかったケースをもとに対策をひもとく。

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「あれだけ家に戻りたがっていたのに、結局その願いをかなえられないままになってしまった」

 神奈川県在住のAさん(62)は、一昨年に亡くなった母(85)の最期についての後悔が拭いきれない。末期の大腸がんで入院中だった母は、医師から「もってあと2カ月」と余命宣告を受けた。「残された時間は家で過ごしたい」と強く願い、近くに住むAさんに、寝泊まりしながらの介護を頼みたいという話があった。母の余命を考えると、二つ返事で「もちろん」と駆けつけたいところだったが、ちょうどそのころ、抱えている仕事がどうしても手放せない時期で、「あと1週間だけ退院を待ってほしい」と答えた。1週間後には何が何でも仕事を済ませ、母の元で過ごそうと決めていた。

 ところが、母の容体がその1週間のうちに急変。少し動くだけで激しく息切れするようになり、食欲も低下。ほとんど寝たきりの状態になってしまった。自身の急変ぶりに母も戸惑いを隠せず、Aさんが母と対面したときには、「このまま病院でいい」と力なくつぶやいた。ベッドに丸まった小さな背中が、今までになく寂しそうに見えた。Aさんは「家に帰ろう」「私がそばにいる」と何度も呼びかけたが、医師からも「この状態で家に帰るのは難しい」と言われ、諦めるしかなかった。母が旅立ったのは、その2週間後のことだった。

 母が「帰りたい」と言ったときに、なぜすぐに決断し、行動できなかったのか──。「最期の願いを聞いてあげられなかった」という思いが胸を渦巻き、2年経った今も、押しつぶされそうになるときがある。あのときの選択を考えると、悔やんでも悔やみきれない。

「在宅死を望んでも、実際にはそれがかなわないまま病院で亡くなってしまうというケースは、決して少なくありません」

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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