書評家の吉田伸子さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ著、集英社 1650円・税込み)の書評を送る。

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 物語は、新宿・歌舞伎町の路上で酔い潰れて動けなくなっていた由嘉里の頭上から、声が降ってくるところから始まる。

「救急車呼んだ方がいい感じ?」

 声をかけたのはキャバ嬢のライ。ライの美しさに目を止めた直後、由嘉里は激しく嘔吐。吐瀉物にまみれつつ、泣きながら「あなたみたいになりたかった。あなたみたいに生きたかった。あなたみたいな顔に生まれたかった」と口にする由嘉里を、ライは歌舞伎町から徒歩圏内にある自分のマンションへ連れて帰る。

「このままマグロ漁船に乗せられても臓器売買されてもレイプされても構わないという気分」だった由嘉里だが、「バカみたいに可愛いシャンプーやボディソープ」で汚れを綺麗に洗い流すうちに、吐ききったことで大分酒も抜けて落ち着いてくる。

 ライが投げ入れてくれた着替えを身につけ、バスルームを出た由嘉里が目にした光景は、絵に描いたような“汚部屋”。思わず「こんなんじゃ死にますよ」という由嘉里に、「私死ぬよ」と返すライ。「私にはこの世から消えるための高度な才能が与えられてる」と。

 ここから「この間二十七になって婚活を始めました」という銀行員の由嘉里と、「さっきあんたがゲロ吐いたところから二十メートルくらいのところにあるキャバで働いてる」ライの物語が動き始める。

 由嘉里は焼肉をイケメンに擬人化した漫画「ミート・イズ・マイン」を熱烈に愛する腐女子であり、ライは、由嘉里がかくありたいと願う憧れが具現化したような美しいキャバ嬢。流れのまま、ライの部屋に居候させてもらえることになった由嘉里は、それまで「ミート・イズ・マイン」への愛以外は、内側にしか向いていなかった自らの世界を、少しずつ開いていく。

 由嘉里には、「死」に囚われているライが理解できない。美しい容姿とスタイルを持ち、男にもモテるというのに、どうして死にたいと思うのか。翻って自分は27歳になるというのに、彼氏もいない、性体験だってない。二次元世界の「ミート・イズ・マイン」に没入することは生き甲斐ではあるけれど、でも、これからもずっとこのままでいいのか、と揺れる気持ちもある。だから、だから。ライには生きていて欲しい。死にたいなんて気持ちを持って欲しくない。由嘉里はどうすればライが「生」に向かうのか、悩む。

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