松元ヒロ (撮影/写真部・高野楓菜)
松元ヒロ (撮影/写真部・高野楓菜)

「テレビで会えない芸人」が、テレビの密着取材を受け、映画の主人公となって帰ってきた。政治を笑い飛ばし、社会問題に鋭く斬り込み、井上ひさしが絶賛、永六輔や立川談志に愛された芸人・松元ヒロさんは、なぜテレビを離れたのか──。

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「この映画を見て僕は幸せな男だなあと思います。永(六輔)さんが『生きているということは、誰かに借りをつくること。生きていくということは、その借りを返してゆくこと』と言われてるんですけど、僕は借りてばっかしというのが映画を見て、よくわかりました」

 どこもかしこも「忖度(そんたく)」が跋扈(ばっこ)する世の中。テレビから消えて20年にもなるひとりの芸人を、ローカル局のテレビクルーが2年ちかくにわたって追ったドキュメンタリーが話題を呼んでいる。

「テレビで会えない芸人」。主人公の松元ヒロさんは、社会風刺のコント集団「ザ・ニュースペーパー」を結成し、人気が出てテレビ出演も増えた1998年に突然脱退して、日本では珍しいスタンダップコメディーをたったひとりで始めた。当時46歳だった。 

 なぜ、松元ヒロはテレビから消えたのか。 

 この数年、松元ヒロの舞台公演は年間100本をこえ、年2回の新宿・紀伊國屋ホールでの公演は早々と即日完売。テレビ番組を81分に拡大した映画「テレビで会えない芸人」(鹿児島テレビ放送製作)は、丁寧に彼の日常を描いている。

「ザ・ニュースペーパー」での松元さんの十八番は、長い眉毛をつけた村山富市元首相のモノマネだ。政治ネタも多く、人気絶頂期にグループを脱退したのは、テレビ局の注文に嫌気がさしたからだという。「たとえば(政治家の)金丸を銀丸にできないか」といった要望が相次いでいた。

「固い政治信念や思想があったわけでもないんですけど。こんなのでいいのかという思いとともに、周りに迷惑をかけたくないからひとりで活動する道を選んだんです」

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