渡さんのケースに限らず、退職者との協業・再雇用に乗り出す企業は増える傾向にある。労働市場に関する調査をしているパーソル総合研究所の一昨年の発表によると、何らかの形で退職者の出戻り制度を設ける企業は約9%。従業員規模5千人以上の大企業では約20%にのぼった。

 ハッカズーク代表取締役の鈴木仁志さん(43)によれば、特に新型コロナウイルスの感染拡大後、退職者に関心を持つ企業が増え、「オフィシャル・アルムナイ」を利用する会社は20年以降の1年で約3倍となったという。

「コロナ禍で自宅でもオンライン面接を受けられるようになり、転職活動の壁が下がった。『アルムナイ』という言葉も少しずつ知られ、退職後も会社との交流を望む前向きな転職が増えている」と鈴木さんは話す。

 昨年10月には社外に実行委員会を設け、優れたアルムナイ施策を行う企業を表彰する「ジャパン・アルムナイ・アワード」を初めて開催した。準グランプリに輝いたのが大手製薬会社の中外製薬だ。

左から中外製薬の山本秀一さん、山本由佳さん、黒丸修さん
左から中外製薬の山本秀一さん、山本由佳さん、黒丸修さん

 同社では、結婚や出産、介護などの事情による退職者に限定した再雇用登録制度があったが、採用後は契約社員になることなどから、あまり利用されていなかった。

 20年5月に導入したアルムナイ制度では、自己都合退職を含む幅広い層を対象に、キャリア採用枠で正社員として迎える形に切り替えた。

 事務局を担当する人事部の山本秀一さん、黒丸修さん、山本由佳さんはいずれもキャリアコンサルタントの資格を持ち、キャリア相談室で社員の悩みに耳を傾けてきた。

「退職者の皆が会社が嫌で辞めているわけではない。元いた部署でやりたいことができず、転職を決めたケースは多かった。また医薬品開発は学際的な領域で、多様なバックグラウンドを持った人財が必要になる。退職者が転職先で得たスキルを生かして再度活躍できる機会を用意したいと考えた」(山本秀一さん)

 記事やSNS上で情報を発信したり、人事部長と退職者との交流イベントを開いたりと取り組みを重ね、昨年12月時点で登録者は約140人になった。退職者との交流から得られた気づきも多かったと、黒丸さんは振り返る。

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